神戸眞
日本の政治家
神戸 眞(かんべ しん、1892年11月8日 - 1967年7月13日)は、日本の政治家。愛知県小牧市長(3期)、衆議院議員(2期)、愛知県会議員(4期)、篠岡村長などを歴任した。
神戸 眞 かんべ しん | |
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生年月日 | 1892年11月8日 |
出生地 | 愛知県東春日井郡陶村(現・小牧市) |
没年月日 | 1967年7月13日(74歳没) |
出身校 | 小牧町小牧尋常高等小学校(現・小牧市立小牧南小学校) |
所属政党 |
(日本進歩党→) (改進党→) (日本民主党→) (自由民主党→) 無所属 |
当選回数 | 3回 |
在任期間 | 1959年1月18日 - 1967年7月13日 |
選挙区 |
旧愛知1区(大選挙区)→ 旧愛知2区 |
当選回数 | 2回 |
在任期間 |
1946年4月10日 - 1947年3月31日 1953年4月19日 - 1955年1月24日 |
来歴
編集愛知県東春日井郡陶村(現・小牧市)生まれ[1]。1906年(明治39年)3月、小牧町小牧尋常高等小学校(現・小牧市立小牧南小学校)卒業[2]。
1929年(昭和4年)3月、篠岡村会議員に就任。その後、愛知県会議員、篠岡村長などを務め、1942年(昭和17年)10月8日から1945年(昭和20年)12月3日まで県会議長を務めた[3]。
戦後、最初に行われた1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙に大選挙区制の旧愛知1区から日本進歩党公認で立候補し初当選。
第23回衆院選(1947年)、第24回衆院選(1949年)は出馬せず[4]、1952年(昭和27年)10月の第25回衆議院議員総選挙に旧愛知2区から改進党公認で立候補するも次点で落選。
1953年(昭和28年)4月の第26回衆議院議員総選挙で2期目の当選を果たす。1955年(昭和30年)2月の第27回衆議院議員総選挙に日本民主党公認で立候補するも次点で落選。1956年(昭和31年)7月の第4回参議院議員通常選挙に自由民主党公認で立候補するも次点で落選。
脚注
編集- ^ “地いきにつくした先人 神戸真”. 小牧市教育委員会. 2019年3月17日閲覧。
- ^ a b 『日本の歴代市長 第二巻』歴代知事編纂会、1984年11月10日、505頁。
- ^ 『愛知県議会史 第八巻』愛知県議会、1971年3月30日、354頁。
- ^ 衆院選を2度見送り、1952年に再出馬した理由は不明。公職追放を受けていたためかどうかは定かではない。
- ^ “小牧市の歩み 1950年代”. 小牧市役所. 2019年3月17日閲覧。
- ^ “歴代小牧市長の任期及び小牧市総合計画の推移” (PDF). 小牧市役所. 2019年3月17日閲覧。
公職 | ||
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先代 加藤諦進 |
愛知県小牧市長 1959年 - 1967年 |
次代 舟橋久男 |