砂田量爾(すなだ りょうじ、1926年5月21日[1][2] - 2015年3月23日[3])は、日本のシナリオ作家。

人物・来歴

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愛媛県今治市出身[2]旧制松山高校[2]から大阪帝国大学(現・大阪大学)理学部化学科卒[2]。理学部へ進んだのは「一種の徴兵拒否」が目的と話したことがある[2]。教師になるが一年で上京[2]、欧文のタイピング、翻訳、オーディオの製造販売から物作りが得意なことを活かして闇市で売るなどさまざまな職を転々とする[2]。初めて書いた脚本は、岩波映画の子供向け科学映画[2]。友人にTBSの「七人の刑事」のスタッフに紹介されて脚本を1本書いたら採用され[2]1962年から「七人の刑事」のシナリオに参加、以後テレビドラマ、演劇台本などを多く書いた。「風の色」「風の町」「娘たちの四季」などがある。『ああ、この愛なくば』で昭和55年(1980年)度芸術祭大賞、『あふれる愛に』で昭和58年(1983年)度芸術祭優秀賞[2]

旧制松山高校の後輩で同じ脚本家の早坂暁は気になる存在で、彼の作品は必ず見ると話していたことがある[2]

主な作品

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テレビドラマ
映画

脚注

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  1. ^ 『著作権台帳』
  2. ^ a b c d e f g h i j k 週刊テレビ番組(東京ポスト)1986年7月18日号「脚本家の横顔」71頁
  3. ^ 日本脚本家連盟調べ