熊崎俊二郎
熊崎 俊二郎(くまざき しゅんじろう、1920年(大正9年)6月30日 - )は、日本の銀行家。元北日本銀行会長、頭取。 愛媛県出身。
来歴・人物
編集1982年、当時の北日本相互銀行社長である田中正一郎が入院しているさなか、見舞いを口実にある大蔵官僚が病室を訪れ、こう切り出したという。「徳陽(徳陽相互銀行)と合併して頂けませんか。」と。しかし、自主独立路線を堅持する方針であった田中は、申し出を拒絶。話はその場限りとなったという。 この折に大蔵官僚を病室まで案内したのが、同行専務取締役であった熊崎俊二郎その人であった[1]。
熊崎は、熱心な金融再編論者として知られ、平成銀行構想があきらかにされた際には日本銀行、大蔵省間のパイプ役を自任し、同行の大株主であった企業を訪れ、合併に対する根回しを行っていたとされる[1]。
また、平成銀行発足の際には、熊崎に対して名誉会長の職が用意されていたともいわれている。