清水 吾一(しみず ごいち、天保8年(1837年) - 明治5年5月27日1872年7月2日))は、壬生浪士組の同士。五一とも書く。根岸友山は母方の伯父に当たる。

武蔵国埼玉郡羽生村(現在の埼玉県羽生市)の酒造業・清水弥右衛門の五男として生まれる。

文久3年(1863年)2月、浪士組に入隊。3月、根岸らと京都に残留。同月下旬に根岸、遠藤丈庵らと共に江戸に戻り、新徴組に参加。新徴組預りの庄内藩の帰国に妻子と共に随行し、戊辰戦争に参戦。明治5年(1872年)、36歳で病死。