浮世亭三吾・美ユル
松竹芸能所属の漫才コンビ
この記事の主題はウィキペディアにおける独立記事作成の目安を満たしていないおそれがあります。 (2022年10月) |
浮世亭三吾・美ユル(うきよてい さんご・みゆる)は、松竹芸能所属の親子漫才コンビ。1995年1月11日、道頓堀浪花座で初舞台。コンビ名は、浮世亭三吾・さやかみゆる→浮世亭三吾・美ゆる(2005年頃~)→浮世亭三吾・美ユル(2008年頃~)→三吾・美ユル〔亭号なし〕(2011年頃~)→浮世亭三吾・美ユル(2022年頃~)と変遷している。
芸風
編集初期は音曲漫才で、美ユルが生恵幸子のように流行歌を金切声で独唱したり、舞台上にピアノを持ち込んで童謡を合唱したりしていた。
その後、美ユルが三吾の欠点を早口で一方的にあげつらい、三吾が狼狽したところで突如敬語になり「…お父さま」の一言で締めくくる、今喜多代の芸を摸したしゃべくり漫才に移行した。
三吾の弟子には大吾・小吾(大吾は恰幅のいい男装の女性)がいた。
メンバー
編集浮世亭三吾(うきよてい さんご、本名・沼口 正利、1943年12月14日 - )
- 大分県出身。福岡県の中学校卒業後、サラリーマンをしながら喜劇の曽我廼家明蝶主催の「明蝶学院」で修行を積む。浮世亭とん平に入門し、学院で同期だった十吾と浮世亭三吾・十吾(一時期コンビ名は3×5=15)を結成。1969年に大阪万国博覧会で初舞台を踏み、若手実力派から中堅へと順調に育ったものの、十吾の引退に伴い1989年に解散。しばらく弟弟子で日系人の浮世亭ジョージ[1]と、「浮世亭三吾・ジョージ」名義で活動したが、娘と組むため1993年にコンビ解消。
- 顔が獅子舞に似ている(ジョージと組んでいた頃からよく弄られていた)。
美ユル[2](みゆる、本名・沼口 美ゆる、1976年2月28日 - )
- 三吾の長女。幼少時から漫才師志望が強く、尼崎市立尼崎産業高等学校卒業を待って父と組む。
- 当初は「さやか」という屋号があった。
出演番組
編集- バラエティー生活笑百科(NHK総合テレビ)
- 上方演芸ホール(NHK総合テレビ※関西ローカル)
- 上方演芸会(NHKラジオ第1)
- 兵動大樹のほわ〜っとエエ感じ。[3](ABCラジオ)など
脚注
編集- ^ 元「浮世亭ジョージ・ケンジ」。ジョージは太平サブロー・シローを一時解散していた太平シローと1970年代末にコンビを組んでいたことがある。ケンジは「国分健二」の芸名で落語芸術協会に所属。
- ^ “美ユル『昔から何度も』”. ふたご親子漫才 三吾・美ユル「人生二度なし」Powered by Ameba. 2022年10月30日閲覧。
- ^ 2014年10月、「チケット兵動」コーナーに結成20周年ライブの宣伝でゲスト出演。吉本興業所属者の出演が圧倒的に多い同コーナーでは珍しい松竹芸能所属ゲストとなった。
関連項目
編集- 完熟フレッシュ - 三吾・美ユルより後にデビューした父娘漫才コンビ。父の池田57CRAZYは美ユルと同学年。
外部リンク
編集- 美ユル オフィシャルブログ 「もうすぐ。」
- 浮世亭三吾・美ユル (@sangomiyuru) - X(旧Twitter)
- 公式プロフィール
- 浮世亭三吾・美ユル 親子漫才(沼貫ふるさとまつり 2011.8.6 丹波新報社動画)[1][2][3][4]