濱崎秀
(浜崎秀から転送)
人物
編集青森県士族、青木庄睛の六男として生まれる[1]。1896年(明治29年)、濱崎芳雄の養子となり、1907年(明治40年)家督を相続する[2]。同年東京帝国大学農科大農芸化学科を卒業後、大蔵省醸造試験所の技官・鹿又親氏の斡旋で、当時醸造業の近代化を目指していた大倉酒造11代目の当主・大倉恒吉が設立した大倉酒造研究所に入所。伏見醸友会の初代会長を勤める[3]。
脚注
編集- ^ “帝国大学出身名鑑 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年3月17日閲覧。
- ^ “人事興信録. 第12版下 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年3月17日閲覧。
- ^ “月桂冠 中興の祖 大倉恒吉物語”. 月桂冠 中興の祖 大倉恒吉物語. 2021年3月16日閲覧。