津曲義光
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津曲 義光(つまがり よしみつ、1946年(昭和21年)7月8日 - 2011年(平成23年)11月27日)は、日本の元航空自衛官である。福岡県出身。第27代航空幕僚長。位階は従三位。戦後生まれ最初の航空幕僚長であった。
津曲 義光 | |
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津曲航空幕僚長(2004年) | |
生誕 |
1946年7月8日 日本 福岡県 |
死没 |
2011年11月27日(65歳没) 日本 福岡県 |
所属組織 | 航空自衛隊 |
軍歴 | 1969 - 2005 |
最終階級 | 航空幕僚長たる空将 |
除隊後 | 日本電気顧問 |
略歴
編集- 1969年(昭和44年)3月:防衛大学校卒業(第13期)、航空自衛隊入隊(第51期幹候)
- 1980年(昭和55年)7月:3等空佐
- 1984年(昭和59年)1月:2等空佐
- 1988年(昭和63年)1月:1等空佐
- 1990年(平成 2年)4月1日:航空幕僚監部防衛部防衛課業務計画班長
- 1992年(平成 4年)3月23日:第83航空隊整備補給群司令
- 1993年(平成 5年)12月1日:航空幕僚監部装備部装備課長
- 1994年(平成 6年)7月1日:空将補昇任
- 1995年(平成 7年)3月23日:西部航空方面隊司令部幕僚長
- 1996年(平成 8年)7月1日:西部航空警戒管制団司令兼春日基地司令
- 1997年(平成 9年)7月1日:航空幕僚監部装備部長
- 1999年(平成11年)12月10日:空将に昇任、北部航空方面隊司令官
- 2001年(平成13年)3月27日:第11代 航空支援集団司令官
- 2003年(平成15年)3月27日:第27代 航空幕僚長に就任
- 2005年(平成17年)1月12日:退官。その後日本電気顧問を務める(2011年4月まで)
- 2011年(平成23年)11月27日:食道がんのため入院先の自衛隊福岡病院で死去(享年65)。叙・従三位、瑞宝重光章が追贈された[1]
栄典
編集脚注
編集- ^ 官報本紙第5708号、2011年12月27日閲覧
- ^ 津曲空幕長に米大統領勲功章 『防衛ホーム』2004年11月1日号
参考文献
編集- 防衛年鑑2004(防衛年鑑刊行会)
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