河南嵩山龍門足球倶楽部
河南嵩山龍門足球倶楽部(漢音読み:かなん-すうざん-りゅうもん-そっきゅうくらぶ、中国語: 河南嵩山龙门足球俱乐部)は、中華人民共和国の内陸東部、河南省鄭州市をホームタウンとする、中国プロサッカーリーグ(中国超級)に加盟するプロサッカークラブ。通称・河南嵩山龍門。
河南嵩山龍門 河南嵩山龙门 | |||
---|---|---|---|
原語表記 | 河南嵩山龙门足球俱乐部 | ||
愛称 | 红魔 (Red devils) | ||
クラブカラー | 赤 | ||
創設年 | 1994年 | ||
所属リーグ | 中国超級 | ||
所属ディビジョン | 1部 | ||
ホームタウン | 河南省・鄭州市 | ||
ホームスタジアム | 鄭州航海体育場 | ||
収容人数 | 29,860 | ||
代表者 | 胡葆森 | ||
監督 | 王宝山 | ||
公式サイト | 公式サイト | ||
| |||
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ |
河南嵩山龍門足球倶楽部 | |
---|---|
各種表記 | |
繁体字: |
河南嵩山龍門足球俱樂部 (河南嵩山龍門足球俱樂部股份有限公司) |
簡体字: |
河南嵩山龙门足球俱乐部 (河南嵩山龙门足球俱乐部股份有限公司) |
拼音: | Hénán Sōngshān Lóngmén Zúqiú Jùlèbù |
発音: | ホーナン ソンシャン ロンメン ズーチュウ ジュラブ |
英文: | Henan Songshan Longme Football Club |
概要
編集歴史
編集1959年 クラブ創設
編集クラブの前身は1959年に創設された河南省足球隊(河南省足球队)[1]。
1990年-2000年
編集河南建業の出資を受けて1994年8月27日に河南建業足球倶楽部に改名、プロ化した[1]。プロ化初年度の1994年は甲Bリーグ(2部)10位に終わり、乙リーグ(3部)に降格した。
乙リーグ2位となり、翌年の甲Bリーグ昇格を決める。
成績不振のため再び乙リーグに降格した。
乙リーグに優勝して再び甲Bリーグに昇格。
2001年-2010年
編集2004年に甲Bリーグは甲級リーグとして改名され、その創級時のチームとなる。
2006年の甲級リーグを優勝した。
2006年は祥龍四五酒業が200万元で副冠名(サブネーミングライツ)を獲得してチーム名を河南建業四五隊[2][3]。
2007年から国内トップディビジョンである中国スーパーリーグ(超級リーグ)に昇格。
2007年と2008年は各年1500万元で冠名(ネーミングライツ)を獲得してチーム名を河南四五老窖隊としていた[2][3][4]。
2009年シーズンは4月18日に初めて中国スーパーリーグの首位に立った。最終順位は3位となり、AFCチャンピオンズリーグ2010の出場資格を初めて獲得した。12月29日にホームの航海体育場を1.18億元で買い取り、スタジアムを所有する中国で最初のサッカークラブになった[5]。
AFCチャンピオンズリーグ2010でACL初出場すると予選で水原、G大阪、シンガポール・アームド・フォーシズのグループGを3分3敗で1勝もできず、グループリーグ最下位の4位に終え敗退した。
2011年-
編集黄希揚が杭州緑城、張璐が上海申花、イ・ジナムが全南ドラゴンズ、ライアン・ジョンソンがソウルEランド、李磊が北京国安へ移籍した。ラファエルがSEパルメイラスへ期限付き移籍、ナンド・ラファエルは退団した。
武漢卓爾から呉龑、瀋陽中澤から雷永馳、長春亜泰から呂建軍、グールニク・ザブジェからザチャラ、ブリーラムからパティーニョ、エスビャウfBからゴメスを獲得。
トリビア
編集現在の経営者のヤン・ナンは中国サッカー・スーパーリーグ初の女性経営者として広く知られている[6]。
タイトル
編集表彰
編集- 最優秀新人賞
- 2016 - 李曉明
- フェアプレー賞
過去の成績
編集シーズン | ディビジョン | カップ | 備考 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リーグ | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 点 | 順位 | |||
1994 | 甲級リーグB | 20 | 5 | 3 | 12 | 22 | 27 | −5 | 13 | 10位 | 乙リーグ降格 | |
1995 | 乙級リーグ | 8 | 5 | 2 | 1 | 10 | 2位 | 甲B昇格 | ||||
1996 | 甲級リーグB | 22 | 6 | 6 | 10 | 20 | 33 | −13 | 24 | 8位 | 1回戦敗退 | |
1997 | 甲級リーグB | 22 | 9 | 7 | 6 | 21 | 18 | +3 | 34 | 5位 | 1回戦敗退 | |
1998 | 甲級リーグB | 22 | 5 | 10 | 7 | 23 | 31 | −8 | 25 | 11位 | 1回戦敗退 | 乙リーグ降格 |
1999 | 乙級リーグ | 21 | 10 | 8 | 3 | 28 | 14 | +14 | 6 | 1位 | 甲B昇格 | |
2000 | 甲級リーグB | 22 | 6 | 9 | 7 | 28 | 34 | −6 | 27 | 8位 | 1回戦敗退 | |
2001 | 甲級リーグB | 22 | 8 | 5 | 9 | 24 | 30 | −6 | 26 | 10位 | 2回戦敗退 | |
2002 | 甲級リーグB | 22 | 6 | 8 | 8 | 23 | 28 | −5 | 26 | 11位 | 1回戦敗退 | |
2003 | 甲級リーグB | 26 | 14 | 6 | 6 | 33 | 24 | +9 | 48 | 2位 | 準々決勝敗退 | |
2004 | 甲級リーグ | 32 | 11 | 12 | 9 | 29 | 27 | +2 | 45 | 7位 | 2回戦敗退 | |
2005 | 甲級リーグ | 26 | 7 | 6 | 13 | 28 | 37 | −9 | 27 | 10位 | 2回戦敗退 | |
2006 | 甲級リーグ | 26 | 18 | 5 | 1 | 38 | 13 | +25 | 59 | 1位 | 2回戦敗退 | CSL昇格 |
2007 | 超級リーグ | 28 | 5 | 12 | 11 | 20 | 28 | −8 | 27 | 12位 | ||
2008 | 超級リーグ | 30 | 9 | 9 | 12 | 30 | 31 | −1 | 36 | 10位 | ||
2009 | 超級リーグ | 30 | 13 | 9 | 8 | 35 | 26 | +9 | 48 | 3位 | 2010 ACL出場権獲得 | |
2010 | 超級リーグ | 30 | 9 | 13 | 8 | 31 | 31 | 0 | 40 | 8位 | ||
2011 | 超級リーグ | 30 | 7 | 11 | 12 | 29 | 35 | −6 | 32 | 13位 | 準々決勝敗退 | |
2012 | 超級リーグ | 30 | 7 | 5 | 18 | 28 | 56 | −28 | 26 | 16位 | 4回戦敗退 | 甲級リーグ降格 |
2013 | 甲級リーグ | 30 | 18 | 8 | 4 | 51 | 21 | +30 | 62 | 1位 | 3回戦敗退 | 超級リーグ昇格 |
2014 | 超級リーグ | 30 | 6 | 12 | 12 | 32 | 39 | −7 | 30 | 14位 | 準々決勝敗退 | |
2015 | 超級リーグ | 30 | 12 | 10 | 8 | 35 | 30 | +5 | 46 | 5位 | 準々決勝敗退 | |
2016 | 超級リーグ | 30 | 10 | 5 | 15 | 26 | 44 | -18 | 35 | 13位 | 準々決勝敗退 | |
2017 | 超級リーグ | 30 | 7 | 9 | 14 | 34 | 46 | −12 | 30 | 14位 | 4回戦敗退 | |
2018 | 超級リーグ | 30 | 10 | 4 | 16 | 30 | 45 | -15 | 34 | 12位 | 4回戦敗退 | |
2019 | 超級リーグ | 30 | 11 | 8 | 11 | 41 | 46 | −5 | 41 | 8位 | 4回戦敗退 | |
2020 | 超級リーグ | 20 | 9位 |
- 1994-2003: 甲B(甲级联赛B组)=2部に相当、乙(乙级联赛)=3部に相当
- 2004-現在: CSL(超级联赛)=1部に相当、甲(甲级联赛)=2部に相当
- 2020シーズンは新型コロナウイルス感染拡大の影響により、8チームずつ2つのグループに分かれて予選を行い、各グループ上位4チーム計8チームが優勝を争う決勝トーナメントに、下位4チーム計8チームが降格を争う残留プレーオフに進む形で開催された。
現所属メンバー
編集- 2019年3月1日 現在
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
|
|
※星印は外国人選手を示す。
歴代監督
編集歴代所属選手
編集GK
編集- 曾誠 2009-2012
DF
編集- ミロシュ・バヤリツァ 2010
- ゴラン・ガヴランチッチ 2010
- ファボン 2011
- 李磊 2013-2014
- 李建浜 2014
- 鄭仁煥 2015
- ライアン・マッゴーワン 2016
MF
編集- アイザック・チャンサ 2012
FW
編集- エマヌエル・オリサデベ 2008-2010
- 徐暁飛 2009
- クリストファー・カトンゴ 2011-2013
- ゴッドフレッド・カリカリ 2012-2013
- ナンド・ラファエル 2013-2014
- ラファエル 2014-2015
- ハビエル・パティーニョ 2015-
脚注
編集- ^ a b “河南建业俱乐部历史” (中国語). 河南建业足球俱乐部. 2010年3月10日閲覧。
- ^ a b “建业中超主冠名卖1500万 球队将于河南酒业合作” (中国語). 北方网 (2007年3月7日). 2010年3月10日閲覧。
- ^ a b “建业足球喜获千万赞助 河南四五蓄势待发战中超” (中国語). 捜狐 (2007年3月6日). 2010年3月10日閲覧。
- ^ “建业2008中超再"喝酒" 四五1500万元买断主冠名” (中国語). 捜狐 (2008年2月18日). 2010年3月10日閲覧。
- ^ “建业创历史只用了10分钟! 美女老总举牌之速度惊人” (中国語). 新浪 (2009年12月31日). 2010年3月10日閲覧。
- ^ CSL初の女性経営者、‘かわいらしい’ヤン氏 - アジアサッカー連盟
外部リンク
編集- 公式