水久保美千男
日本の陸上競技選手
経歴
編集父親も陸上競技選手で、1953年の九州一周駅伝の出場経験があった[1]。
大分県立中津商業高等学校を1974年に卒業して新日本製鐵八幡製鐵所(現・日本製鉄)に入社する[2]。高校在学中の1973年から九州一周駅伝に出場し、1982年まで10年連続して区間賞を受賞した[1]。1980年の大会では、同じ区間を走った旭化成の宗茂に45秒差をつけた[1]。
1982年の毎日マラソン(現・びわ湖毎日マラソン)では、初マラソンの工藤一良(日産自動車)を抑えて初優勝を果たした[3]。
現役引退後は新日鐵陸上部コーチ[4]、福岡陸上競技協会理事[5]、九州実業団陸上競技連盟事務局長[2]を歴任した。