民俗資料緊急調査
民俗資料緊急調査(みんぞくしりょうきんきゅうちょうさ)とは、狭義には1962年(昭和37年)から1964年(昭和39年)にかけて文化財保護委員会(いまの文化庁文化財部)によっておこなわれた民俗資料(伝承資料)に関する緊急調査[1]。各都道府県ごとに30か所の調査地が選ばれ、3か年をかけ、民俗項目20項目について全国規模で予備的な調査がなされた[1]。
また、集落の解体や移転にともない、それに先だっておこなわれる民俗資料調査をも指している。これは、考古資料における緊急発掘調査に相当する。
概要
編集民俗資料(民俗文化財)は、1950年(昭和25年)制定の文化財保護法第2条において、
衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗慣習、民俗芸能、民俗技術及びこれらに用いられる衣服、器具、家屋その他の物件で我が国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの(以下「民俗文化財」という。)
と規定されている [2]。
1962年から1964年にかけておこなわれた「民俗資料緊急調査」では、『民俗資料緊急調査手引』が作成され、これにもとづいて調査が進められた[3]。調査では、
No. | 調査項目 | No. | 調査項目 | No. | 調査項目 | No. | 調査項目 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 総観 | 6 | 毎日の食事 | 11 | 組・講の用具 | 16 | 年中行事 | |||
2 | 生産暦 | 7 | 赤餅・餅・だんごはどのようなときに作ったのか。 | 12 | 運搬 | 17 | 祭・道祖神 | |||
3 | 仕事と用具 | 8 | 住居 | 13 | 交易 | 18 | 山車・舞台など | |||
4 | 仕事着 | 9 | かまど・いろりはどこに設けたか。 | 14 | 一生の儀礼 | 19 | その他重要なもの | |||
5 | 染・織 | 10 | 社会生活 | 15 | 別火・墓制 | 20 | コレクション |
の計20項目について、それぞれ調査票を用意し、できるだけ正確な伝承者(なるべく土着の老人)を選んで調査することが推奨され、調査員所見に、(A)緊急に収集または記録保存を要するもの、(B)なるべく早い機会に収集または記録保存を要するもの、(C)特に保護を要しないものに区分して、その判断を記入させた[3][注釈 1]。その成果は各都道府県より刊行され、また、全体としては文化庁によって編纂され、『日本民俗地図』全4冊(のち、年中行事I、年中行事II、信仰・社会生活、交易・運搬、出産・育児、婚姻、葬制・墓制、衣生活、食生活、住生活の10冊に分冊された)として刊行された[1]。
民俗資料緊急調査は、1965年(昭和40年)以降は文化財保護委員会(→文化庁文化財保護部→文化庁文化財部)が各都道府県の教育委員会に企画・実施させ、調査に際しては国庫より補助金を支出することとした [注釈 2]。
緊急調査の必要なケースとしては、ダムによる集落の水没、干拓、振興山村指定、都市開発、過疎対策などがある。民俗資料には、生活様式の変化や生産技術の急速な発展などによって、場合によっては不要なものとされて伝承されなくなったり、改変させられたりするものが少なくない。また、ダムの造成などの開発行為によって、集落が解体されたり、地域住民が丸ごと立ち退きを余儀なくされる場合にも、民俗調査や民具の収集が緊急におこなわれなければならない。民具の調査に際しては、数名が1チームとしておこなうことが重要で、民具の出し入れ、計測、記録、写真撮影、話者からの聞き取りなど、調査員各人がその能力等に応じて役割を分担し、チームとして成果をあげることが望まれる[6]。長く民俗資料として収集・保存されるものについては、1点ごとに名称、採集、製作、用途、分布、由来[7]、由来については、使用時期や変遷、それにかかわる禁忌・俗信などを詳細に記した収集記録が付されなければならない[7][8]。これが単なる古道具・骨董ではない、科学的調査にもとづく資料収集・資料保存といえる[8]。
なお、2004年(平成16年)には、文化財保護法が改正され、生活や生産のための用具・用品などの製作技術、すなわち民俗技術もまた文化財として保護されることとなった[9][10][注釈 3]。
脚注
編集注釈
編集- ^ 西垣晴次編『民俗資料調査整理の実務』(1975)には、1971年(昭和46年)8月の茨城県勝田市の市史編さん民俗班による聞き取り調査の実例を調査票とともに詳細に紹介している[4]。
- ^ 民俗文化財の修理・防災に関しては、文化財保護法第83条により所有者・管理団体に対し50パーセント、伝承・活用等については同法85・87・91条にもとづいて保護団体・地方公共団体に対して50パーセントの国庫補助をおこなうこととなっている[5]。調査については、地方公共団体が行うこととし、その補助率は50パーセントとなっている[5]。
- ^ 保存されるべき民俗技術の例としては、津軽海峡及び周辺地域における和船製作技術(青森県)、上総掘りの技術(千葉県)、別府明礬温泉の湯の花製造技術(大分県)などがある[9]。
出典
編集参考文献
編集- 西垣晴次 編『民俗資料調査整理の実務』柏書房〈地方史マニュアル7〉、1975年1月。ASIN B000J9F6ZQ。
- 文化財保護法研究会(編著)『最新改正 文化財保護法』ぎょうせい、2006年5月。ISBN 4-324-07873-4。
- 文化庁内民俗文化財研究会(編著)『民俗文化財の手引き―調査・収集・保存・活用のために―』第一法規、1979年4月。ISBN 4-474-06110-1。
- 祝宮静『民俗資料入門』岩崎美術社〈民俗民芸双書〉、1985年11月。ISBN 978-4753400638。
- 宮本馨太郎 編『民具資料調査整理の実務』柏書房〈地方史マニュアル8〉、1975年4月。ASIN B000J9F6U6。
関連項目
編集外部リンク
編集- 国立国会図書館デジタルコレクション「緊急調査」
- 文化財保護法(e-GOV)