母に捧げるバラード
1973年の海援隊のシングル
「母に捧げるバラード」(ははにささげるバラード)は、日本のフォークバンド・海援隊のインディーズ2作目及びメジャー5作目(通算10作目)、メジャー22作目(通算27作目)のシングル。
インディーズ盤
編集「母に捧げるバラード」 | ||||
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海援隊 の シングル | ||||
初出アルバム『望郷篇』 | ||||
B面 | さすらいの譜 | |||
リリース | ||||
規格 | 7インチシングル盤 | |||
ジャンル |
歌謡曲 フォーク | |||
時間 | ||||
レーベル | エレックレコード | |||
作詞・作曲 |
武田鉄矢(作詞) 海援隊(作曲) | |||
プロデュース | 海援隊 | |||
チャート最高順位 | ||||
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海援隊 シングル 年表 | ||||
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概要
編集- 前作「恋挽歌」から約4か月ぶりのシングルで、A面はアルバム『望郷篇』に収録されていたものとはアレンジが異なり、シングル用に新たに録音されている。
- 今作で翌年の『第16回日本レコード大賞』で企画賞を受賞し、同じく翌年の『第25回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。
- オリコンチャート最高位10位を獲得。自身初のトップ10入りを果たした。
- 2007年に発売されたエレックシングルボックスでは母にささげるバラードもアルバム音源が収録されている。
収録曲
編集メジャー盤
編集「母に捧げるバラード」 | ||||
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海援隊 の シングル | ||||
初出アルバム『航海誌』 | ||||
B面 | 故郷未だ忘れ難く | |||
リリース | ||||
規格 | 7インチシングル盤 | |||
ジャンル |
歌謡曲 フォーク | |||
時間 | ||||
レーベル | テイチクエンタテインメント/BLACK | |||
作詞・作曲 |
武田鉄矢(作詞) 海援隊(作曲) | |||
プロデュース | 有賀茂 | |||
海援隊 シングル 年表 | ||||
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概要
編集収録曲
編集メジャー再発盤
編集「母に捧げるバラード」 | ||||
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海援隊 の シングル | ||||
リリース | ||||
規格 | 8センチシングル | |||
ジャンル |
歌謡曲 フォーク | |||
レーベル | ポリドール・レコード | |||
作詞・作曲 |
武田鉄矢(作詞) 海援隊(作曲) | |||
海援隊 シングル 年表 | ||||
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概要
編集- 前作「ライスカレー」から1年3か月ぶりのシングル。
収録曲
編集収録アルバム
編集- 望郷篇 (#2)
- 12の風景 (#2)
- 航海誌 (#1,2)
- 海援隊EPILOGUE (#2)
- 海援隊 全曲集 (#2)
- 海援隊 (#1,2)
- 海援隊/贈る言葉 (#1,2)
- 全曲集 (#1,2)
- BEST〜エレック・イヤーズ〜 (#1,2)
- 海援隊 全曲集 (#1,2)[注 1]
- ベストアルバム (#1,2)
エピソード
編集1974年にジャーナリストの竹中労が、鈴木清順監督に映画が撮れるようと東映に橋渡しし[2]、鈴木の映画復帰作として東映で映画化を予定されたことがある[2][3][4][5][6][7][8]。内容は吉原のソープランドが舞台で[3]、偏屈な江戸っ子が主人公と[3]、曲のイメージとはかけ離れているが、脚本は佐々木守と東映の内藤誠の共作[3][4]、主演は岡田裕介で、武田鉄矢の出演も予定し[6][8]、製作も発表されていた[5]。ところが岡田裕介が脚本を読み、自宅で父の岡田茂東映社長に「こんなホンで東映はよく映画を作っているね」と言ったら、岡田茂もホンを読み「確かに酷い」と認め、岡田茂は翌朝、出社するなり社内で怒鳴り散らし、本作の企画を出したプロデューサーをクビにし企画も潰した[6][8]。武田の俳優デビューももう少し後になった[5]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ “海援隊50周年 名曲誕生秘話「俺たちはフォークだ!」ニューミュージックへの対抗心は「贈る言葉」歌詞にも”. スポーツ報知. 2023年3月12日閲覧。
- ^ a b 竹中労「≪むすび≫ なぜ、異端の系譜なのか? 竹中労 白井佳夫他」『日本映画縦断2 異端の映像』白川書院、1975年、278頁。
- ^ a b c d 内藤誠『映画の不良性感度』小学館〈小学館新書〉、2022年、162–164頁。ISBN 9784098254231。
- ^ a b flowerwild.net - 内藤誠、『番格ロック』を語る vol.2
- ^ a b c NEXT 映画『母に捧げるバラード』 - 映画の國 || コラム ||
- ^ a b c 「トップインタビュー / 岡田裕介 東映(株)代表取締役社長」『月刊文化通信ジャーナル』2011年3月号、文化通信社、27頁。
- ^ 「幻の巨匠・鈴木清順の復活」『週刊文春』1975年5月20日号、文藝春秋、22頁。
- ^ a b c “『3億円』で岡田親子がケンカ 裕介と『キワモノ』論争 オヤジがおれて一件落着”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 11. (1975年10月7日)