樽
樽(たる、イタリア語: Botte、フランス語: tonneau、英語: barrel または cask)とは、円筒形の容器の一種。西洋発祥の洋樽と日本発祥の和樽がある[1]。
木製容器は刳物(くりもの)、曲物(まげもの)、組物(くみもの)、挽物(ひきもの)、結物(ゆいもの)に分類されるが、これらのうち製作技術が最も新しい年代に出現したのが樽や桶といった結物である[2]。樽は歴史的には木製容器であるが、同様の形状でアルミニウム(小樽(keg、ケグ)とも言う)や合成樹脂で一体成型した容器のことも慣習的に樽と呼ぶことがある。
樽には通気孔や蛇口の台座などの開口部を備えているものもある。
洋樽
編集西洋の樽(洋樽)は柾目板を使用しており、形状は胴の部分が膨らんでいる点が特徴である[3]。中央部が膨らんだ円筒形となったのは、樽を何段にも積み上げられる一方、簡単に移動でき馬車や船に積むのにも適した形を追求した結果である[4]。また、膨らんだ中央部に開口部を設けることで、下に向けることで沈殿物や液体を容易に取り出すことができ、上に向けることで液体をさらに補填することもできる[4]。樽は側板、底、蓋とそれを結束する箍(たが)で構成されるが、箍は伝統的にはセイヨウハシバミ(ヘーゼルナッツ)の枝が用いられている[2]。
ヨーロッパでは古代からワインやビールの貯蔵に用いられてきた[4]。ワインの場合には第二次世界大戦後に大型のステンレス製の貯蔵容器が普及するまで、発酵・熟成・貯蔵のすべての段階で木樽が使用された[4]。
樽は貯蔵容器のほか、極めて頑丈で繰り返し使用することができ、取り扱いも簡便であることから輸送容器としても用いられてきた[5]。胴の中央部が膨らんでいることで、横向きで摩擦を小さくして方向を転換し、転がしながら移動させることができる[3]。小樽は馬の背に括り付けて輸送するのにも用いられた[5]。
洋樽の用途は一部の工業用樽を除いて、ほとんどが洋酒の貯蔵や熟成用である[1]。具体的にはワイン樽、ウイスキーの樽、ビヤ樽などがある[3]。
歴史
編集樽などの結物容器はローマ期にガリア地方(フランス、ベルギー、ルクセンブルグ、ドイツ中部以南)で出現したとされるが、その具体的な年代や技術的な要因についての詳細は明らかでない[2]。古くエジプト第17王朝や第18王朝のピラミッドの壁画にみられる水や穀物の貯蔵容器が歴史上の樽の登場といわれることもある[5]。一説には木樽による本格的な貯蔵はゴール民族の長い経験で生み出され、フランス西部の森林地帯に住んでいたケルト人が金属製のタガをはめた丸型の樽を作り始めたという[1]。その後、ローマ人がフランスに侵入すると、この丈夫な容器を貴金属、次いでワイン、油、穀物の容器として用いるようになった[1]。
ドイツのライン州立博物館には船にワイン樽を積み込んで運搬する様子を表現した石造遺物が展示されており、ガリア地方における樽に関する発掘資料の初見とされている[2]。この発掘資料からガリア地方では2世紀には樽の産業化が確立されていたと考えられている[2]。
20世紀にパレットを用いた物流と海上コンテナ等を使ったコンテナ化による複合一貫輸送が導入されるにつれ、樽はゆっくりと主役の座を失った。
20世紀後半に、米国では原子力廃棄物を収納するために、大きな鋼製キャスクが使われ始めた。乾式キャスク貯蔵と呼ばれるこのシステムは、非常に議論のあるところとなったが、ユッカマウンテン貯蔵施設のようなサイトが開設されるまで他に代わりになる選択肢がほとんど無い中では、最も現実的と考えられた。[要出典]
洋酒の貯蔵熟成
編集ヨーロッパの伝統あるワイナリーでは樽によってワインの出来に違いがあることが知られていた[4]。第二次世界大戦後の経済成長期に大型のステンレス製容器のほうが製品管理やコスト面で有利となったが、金属容器で製造したワインと木樽で製造したワインでは香りや味が異なることが問題となった[4]。樽の効果はそれまでは経験知であったが、1960年代以降になって樽のナラ材(オーク)から溶出するポリフェノール等がワインの熟成に関与している機序が科学的に解明されるようになった[4]。
ウイスキーについても、20世紀に入って、樽貯蔵中に色度、総酸、総エステル、フルフラール、総固形分、タンニンが増加することが知られるようになった[5]。ウイスキーの色や香りにはオークに含まれるポリフェノールの一種(タンニン)が寄与している[6]。同時に樽の木に含まれるタンニンは滓(おり)下げ剤としてウイスキーの透明感や味にも役割を果たしている[6]。
ヨーロッパではワイン樽の素材としてタンニン成分があまり強くないセシルオーク(Quercus petraea)がよく用いられる[4]。一方、コモンオーク(Quercus robur)はややタンニン成分が強くコニャックやブランデー用の樽に用いられる[4]。なお、フレンチオークは一般的にフランス産のセシルオークをいうが、コモンオークと総称してフレンチオークということもある[4]。
北米ではホワイトオーク(Quercus alba)が樽材として有名であり、バーボンやウイスキーの製造に用いられる[4]。
樽の製造工程では樽板の内側の表面温度を170℃から300℃の範囲内で焦がすトースティングが行われ、浅いトースティングの場合にはタンニン由来のオークの風味が強くなり、強いトースティングの場合には香ばしい風味が強くなるとされている[4]。
使い込んだ古樽の内側には酒石酸が付着してオーク成分の溶出が起こらなくなるため長期保存用容器に回される[4]。
なお、サントリーでは不要になった樽を家具や園芸用のプランターなどに加工して販売している[7]。
規格と取引単位
編集ワイン樽
編集ワインの容量の単位は、樽を基準として、トン(tun)、パイプ(pipe)、ホッグスヘッド(ホグスヘッド、hogshead)、バット(butt)、バレル(barrel)、ランドレット(roundlet)などがある[8]。
中世のイギリスではトンは大樽一樽で252ガロンに相当したが、大きすぎて扱いにくいため、船積み用にこれをパイプ樽2個あるいはホッグスヘッド樽4個に分けられた[8]。そのためワインの容量単位には1トン = 2パイプ = 4ホッグスヘッドの関係があった[8]。
ガロン gallon |
ランドレット rundlet |
バレル barrel |
ティアス tierce |
ホッグスヘッド hogshead |
パンチョン puncheon ターティアン tertian |
パイプ pipe バット butt |
タン tun |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | タン | |||||||
1 | 2 | パイプ, バット | ||||||
1 | 1+1⁄2 | 3 | ファーキン, パンチョン, ターティアン | |||||
1 | 1+1⁄3 | 2 | 4 | ホッグスヘッド | ||||
1 | 1+1⁄2 | 2 | 3 | 6 | ティアス | |||
1 | 1+1⁄3 | 2 | 2+2⁄3 | 4 | 8 | バレル | ||
1 | 1+3⁄4 | 2+1⁄3 | 3+1⁄2 | 4+2⁄3 | 7 | 14 | ランドレット | |
1 | 18 | 31+1⁄2 | 42 | 63 | 84 | 126 | 252 | ガロン(米/英ワイン) |
3.79 | 68.14 | 119.24 | 158.99 | 238.48 | 317.97 | 476.96 | 953.92 | リットル |
1 | 15 | 26+1⁄4 | 35 | 52+1⁄2 | 70 | 105 | 210 | ガロン(英) |
4.55 | 68.19 | 119.3 | 159.1 | 238.7 | 318.2 | 477.3 | 954.7 | リットル |
ウイスキー樽
編集ウイスキーの貯蔵熟成に用いられる樽はカスク(cask)と総称される[5]。
- アメリカン・バレル(American barrel) - バーボン・ウイスキーの小樽(容量180リットル)[5]
- ホッグスヘッド(Hogshead) - 豚の頭が入るほどの大きさに由来する樽(容量250リットル)[5]
- シェリーバット(Sherry butt) - 細長いシェリー酒用の小樽(容量500リットル)[5]
- パンチョン(Puncheon) - 寸胴形の新樽(容量500リットル)[5]
ビヤ樽
編集ガロン gallon |
ファーキン firkin |
キルダーキン kilderkin |
バレル barrel |
ホッグスヘッド hogshead |
(バット) (butt) |
(タン) (tun) |
年 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | タン | |||||||
1 | 1+3⁄4 | バット | ||||||
1 | 3 | 5+1⁄4 | ホッグスヘッド | |||||
1 | 1+1⁄2 | 4+1⁄2 | 7+1⁄8 | バレル | ||||
1 | 2 | 3 | 9 | 15+3⁄4 | キルダーキン | |||
1 | 2 | 4 | 6 | 18 | 31+1⁄2 | ファーキン | ||
1 | 8 | 16 | 32 | 48 | 144 | 252 | エール・ガロン(エール) | (1454年) |
= 4.62 | = 36.97 | = 73.94 | = 147.88 | = 221.82 | = 665.44 | = 1164.52 | リットル(エール) | |
1 | 9 | 18 | 36 | 54 | 162 | 283+1⁄2 | エール・ガロン(ビール) | |
= 4.62 | = 41.59 | = 83.18 | = 166.36 | = 249.54 | = 748.62 | = 1310.09 | リットル(ビール) | |
1 | 8+1⁄2 | 17 | 34 | 51 | エール・ガロン | 1688年 | ||
= 4.62 | = 39.28 | = 78.56 | = 157.12 | = 235.68 | リットル | |||
1 | 9 | 18 | 36 | 54 | エール・ガロン | 1803年 | ||
= 4.62 | = 41.59 | = 83.18 | = 166.36 | = 249.54 | リットル | |||
1 | 9 | 18 | 36 | 54 | 英ガロン | 1824年 | ||
= 4.55 | = 40.91 | = 81.83 | = 163.66 | = 245.49 | リットル |
石油のバレル
編集近代石油産業は19世紀半ばにアメリカで始まったが、当時、酒などの液体の容器には木製の樽を用いることが一般的で原油の運搬にも用いられた[9]。売買取引も樽単位で行われたため、英語のbarrel(樽)が石油産業の標準単位となった[9]。1ガロンは42米ガロンであり[9]、リットルに換算すると158.97リットルとなる[10]。
懲罰での樽
編集英語圏のover a barrel(他人に意のままにされるの意。字義は「樽に乗せられる」)という表現は、普通に手に入る木の樽が、私的または法的な背中への笞打ち刑で使う笞打ち台やその他体罰に用いる器具の安価で便利な代用品として使われたことを想起させる。
和樽
編集日本酒や味噌などの貯蔵や運搬に用いられる木製の容器である[11]。
起源についての一説として、11世紀後半から13世紀にかけて中国人が多く住んでいた北部九州から小さな結桶や結樽が発掘されていることから、日宋貿易との関連から大陸でつくられたものが輸入された、とされる[12]。
日本の樽は桶とともに、その胴部は細長い板を円く並べて「箍(たが)」と呼ばれる竹などをらせん状に束ねたもので結った構造である[3]。「樽」と「桶」の違いは、一般的には蓋が固定されているものが「樽」、口が開いているのが「桶」とされているが、側面形や板の取り方にも違いがある[11]。寿司桶などの場合には余分な水分を吸収して使用後も乾燥が早くなるよう側面に柾目材が用いられるのに対し、和樽では水分や湿気を通しにくい板目材が用いられる[13]。
酒造用の酒母を温める暖気樽(だきだる)のように「樽」の名を持つが、構造的には桶に分類されるものもある[14]。
現存する世界最大の木樽はフンドーキン醤油(大分県)にある。[要出典]
製造
編集素材にはスギ(杉)のほかマキ(槙、コウヤマキなど)やクルミ(胡桃)も用いられる[3]。このうち酒樽に用いられる杉材は、樹皮に近い白い部分で上品な香りが付くとされる「甲付」と、杉の中心部分に近く強い香りとともに木の色も付く「赤味」に分けられる[14]。
杉材の中でも吉野杉は香りがよく、節が少ないため、酒樽の適材として最上とされた。他にはヒノキなどが樽の材料として用いられた[15]。
江戸時代には全国各地に数百の酒造業者が存在し、それを支える酒樽職人も数多くが存在していたが、2013年時点で、酒樽を扱う業者は全国で9社、樽作りの全ての工程をこなせる職人も10人程度とわずかになった[16]。
樽の側面に菰(こも)を巻き付けた菰樽(こもだる)と呼ばれる酒樽は、現代でも祝いの席などで鏡開きの際に用いられる。江戸時代に酒樽を船積みして運ぶ際に壊れないように巻かれるようになったといわれる[14]。
菰樽づくりは、かつて猪名川流域にあった水田で長くて良質な稲藁がとれ、酒どころ灘に近い兵庫県尼崎市が大きな産地だった。2017年現在も全国シェアの約8割を占め[17]、岸本吉二商店で製造している。
樽人形
編集寛文・延宝(1661年-1681年)頃には酒宴や花見などの座興に際して、柄樽に笠や羽織をつけて人形に見立て、これを手で持って踊らせる樽人形とよばれる芸なども現れ、特に元禄期(1688年から1704年)頃に流行し樽人形専用の樽も作られるようになった[15][18][19][20]。
金属製樽容器
編集飲食店などの業務用として「樽生ビール容器」と呼ばれるビールなどの発泡飲料用の保存容器があり、いずれもステンレス製の容器部とフィッティング部の2つの部品で構成されている[21]。ビール工場でビールを充填し、飲食店でビールサーバーに取り付けて使用した後、ビール工場に回収して洗浄し再度充填を繰り返す(生涯使用回数は120 - 200回程度とされる)[21]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ a b c d 早川 清「洋樽について」『日本醸造協会雑誌』第77巻第3号、公益財団法人 日本醸造協会、1982年、140-144頁。
- ^ a b c d e 石村 眞一「桶・樽の出現と製作技術に関する進化」『技術と文明』第20巻第1号、日本産業技術史学会、2016年、41-58頁。
- ^ a b c d e “桶と樽”. 一般社団法人 難燃材料研究会. 2024年1月26日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 大田 伊久雄「ナラ材利用としてのワイン樽の生産と流通に関する研究」『愛媛大学農学部演習林報告』第51号、愛媛大学農学部附属演習林、2012年、1-13頁、CRID 1050564288697533056。
- ^ a b c d e f g h i 辻 謙次「グレーン・ウィスキーの樽貯蔵について」『日本醸造協会雑誌』第86巻第7号、日本醸造協会、1991年、481-486頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.86.481。
- ^ a b 鍛治雅信. “かわのはなし(6)”. 東京都立皮革技術センター. 2020年7月6日閲覧。
- ^ サントリー樽ものがたり
- ^ a b c 森本矗「一五世紀後期におけるダラム司教座聖堂 付属修道院のワインの調達と市場」『奈良史学』第8号、奈良大学史学会、1990年12月1日、18-58頁、CRID 1572824502459468544。
- ^ a b c 森島宏. “石油天然ガスのトリビア(その2)~ちょっとした疑問、質問にお答えします~”. 独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構. 2024年1月27日閲覧。
- ^ “参考資料 7 度量衡換算表”. 千代田精機. 2024年1月27日閲覧。
- ^ a b 神野善治「03 民具の名称について -共通名と基本形態-」『国際常民文化研究叢書6 -民具の名称に関する基礎的研究-[民具名一覧編]』第6巻、神奈川大学 国際常民文化研究機構、2014年3月、19-33頁、CRID 1570572702719709568、hdl:10487/12812。
- ^ 小泉和子. “江戸時代の日本を支えた桶と樽│63号 桶・樽のモノ語り:機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センター”. www.mizu.gr.jp. ミツカン水の文化センター. 2024年5月5日閲覧。 “まず導入期となる1期は、11世紀後半から13世紀。今の福岡県の博多や箱崎、太宰府などの北部九州から小さな結桶や結樽が発掘されています。中国人が当時たくさん住んでいた地域から発見されているので、日宋貿易との関連から大陸でつくられたものが輸入されたと考えられます。”
- ^ “日本における木の文化”. 森林・林業学習館. 2024年1月26日閲覧。
- ^ a b c “「灘」と「樽」. 2019. Magazine KENZUI”. 甲南大学. 2024年1月27日閲覧。
- ^ a b “樽(容器)”, 日本大百科全書(ニッポニカ), 小学館
- ^ “菊正宗酒造:「鏡開き」減少でピンチ、酒だる文化を守れ 職人を育成−−神戸”. 毎日jp (毎日新聞社). (2013年5月29日). オリジナルの2013年7月17日時点におけるアーカイブ。 2013年6月29日閲覧。
- ^ 榎本利明:祝い酒 華を醸す「菰樽」◇産地の兵庫・尼崎で歴史研究、蔵元や酒店訪ね歩く◇『日本経済新聞』朝刊2017年3月2日文化面
- ^ “たる‐にんぎょう〔‐ニンギヤウ〕【×樽人形】”, デジタル大辞泉, 小学館
- ^ “たるにんぎょう【樽人形】”, 大辞林 (3 ed.), 三省堂, (2006)
- ^ “たる‐にんぎょう[:ニンギャウ]【樽人形】”, 日本国語大辞典 (2 ed.), 小学館, (2000)
- ^ a b 門奈 哲也、小野 修一郎「樽生ビール容器及びビール販売システムのLCA」『日本LCA学会研究発表会講演要旨集』、日本LCA学会、2006年。
関連書籍
編集- 『樽とオークに魅せられて―森の王(クエルクス)の恵み、ウイスキー・ワイン・山海の幸』加藤定彦、吉田勝彦 ティビーエスブリタニカ ISBN 4484002043
- 『日本酒のテキスト<1> 香りや味わいとその造り方』松崎晴雄(著) 同友館
- 『日本酒のテキスト<2> 地の特徴と造り手たち』松崎晴雄(著) 同友館
関連項目
編集- 同様の目的で使われる容器
- 文化