柴田 美保子(しばた みほこ、1948年昭和23年〉5月31日[1][2][3] - )は、日本女優。本名、市川 美保子[4][1]、旧姓名、芸名と同じ[5]。別名義、柴田 未保子、柴田 三保子[4][注釈 1]。夫は脚本家市川森一[1]

しばた みほこ
柴田 美保子
本名 市川 美保子(旧姓名・柴田 美保子)
別名義 柴田 未保子、柴田 三保子
生年月日 (1948-05-31) 1948年5月31日(76歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府大阪市
職業 女優
ジャンル テレビドラマ
配偶者 市川森一
主な作品
テレビドラマ
『チコちゃん日記』
テンプレートを表示

大阪府[7][5]大阪市出身[1]金蘭短期大学卒業[1][2][3]石井光三オフィス[2]、富士企画[8]に所属していた。

人物

編集

小学1年生のときアカデミー児童劇団に入団し、大阪での舞台やラジオで活動していた[4]。その後、アクタープロに移籍[5]。1965年、大阪府立生野高等学校2年在学中、NHKの連続ドラマ『チコちゃん日記』の主演を務めデビュー[4][7][1][5][3]。『チコちゃん日記』出演当時は授業が終わるとすぐに収録現場に駆け付け、無欠席であった[3]

映画、テレビドラマ、ワイドショーの司会など幅広い分野で活躍している。『ワイドサタデー』での共演が縁で、「伊丹組」の一員として、伊丹十三監督の作品に数多く出演した[4]

1972年4月に結婚した市川森一とは芸能界きってのおしどり夫婦として知られた。市川が脚本を担当していた『マキちゃん日記』で出会い、柴田が『中学生日記』で共演し市川の友人でもあった森本レオの紹介で交際が始まった[4]。この時期には、スタッフの計らいで『千葉周作 剣道まっしぐら』や『シルバー仮面ジャイアント』など市川が脚本を担当していた作品に出演している[4]。現在は市川の脚本の無料閲覧化などの資料保護活動も行っている[4]。2013年には、市川がライフワークとしていた『古事記』の舞台化を義妹の市川愉味子とともに実現した[7]

エピソード

編集
  • シルバー仮面』では、主演の柴俊夫よりも助演の篠田三郎との共演場面が多かったため、後年になり同作は篠田が主演であったと記憶違いをしていた[7]
  • 特撮に出演するのは好きであったといい、『仮面の忍者 赤影』で吊られた状態の周りで火花が散るシーンは楽しかったと述べている[7]

出演作品

編集

テレビドラマ

編集

映画

編集

舞台

編集
  • 神話音楽劇ドラマティック古事記 FIRST LOVE 神々の愛の物語(2024年) - 語り部[9]

司会

編集
期間 番組名 役職
1970年10月 1983年3月 ワイドサタデー朝日放送 レギュラー担当
1972年4月 1973年3月 あなたのワイドショー日本テレビ 火~木曜日担当
1980年4月 1986年9月 モーニングショーテレビ朝日 サブ担当
1987年 ビバ・レディー(朝日放送) 金曜日担当

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ 「円谷プロ怪奇ドラマ大作戦 」では、結婚後に柴田未保子に改名したとされているが、結婚直前である1972年3月の『あなたのワイドショー』の紹介記事では、柴田未保子名義で紹介されている[6]

出典

編集
  1. ^ a b c d e f 『日本映画人名事典 女優編<上巻>』キネマ旬報社、1995年、826頁。 
  2. ^ a b c 『日本タレント名鑑1993』VIPタイムズ社、1993年、511頁。 
  3. ^ a b c d 福島民報』1972年9月24日付朝刊、8面。
  4. ^ a b c d e f g h 円谷プロ怪奇ドラマ大作戦 2013, p. 131, 柴田美保子インタビュー
  5. ^ a b c d 『福島民報』1965年5月31日付朝刊、10面。
  6. ^ 読売新聞』1972年3月23日付朝刊、20面。
  7. ^ a b c d e シルバー仮面フォトニクル2 2015, pp. 60–61, 「女優 柴田美保子」
  8. ^ 『日本タレント名鑑2004』VIPタイムズ社、2004年、576頁。ISBN 978-4990124229 
  9. ^ 「神話音楽劇ドラマティック古事記」西島数博がイザナキ、浅野瑞穂がイザナミに”. ステージナタリー. ナターシャ (2024年8月21日). 2024年8月22日閲覧。

参考文献

編集
  • 『別冊映画秘宝 円谷プロ怪奇ドラマ大作戦』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2013年。ISBN 978-4-8003-0174-1 
  • DVD『シルバー仮面フォトニクル2』 2015年12月18日発売 発売元-デジタルウルトラプロジェクト DUPJ-137