東邦大学医療短期大学
廃止された大学
東邦大学医療短期大学(とうほうだいがくいりょうたんきだいがく、英語: College of Health Professions,Toho University[1][2])は、東京都大田区大森西4-16-20に本部を置いていた日本の私立大学である。1985年に設置され、2005年に廃止された。大学の略称は医短。学生募集は2001年度まで。翌年度より東邦大学医学部看護学科の設置により短期大学は学生募集を停止し、2005年7月29日 正式廃止[3]。
東邦大学医療短期大学 | |
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大学設置 | 1985年 |
創立 | 1926年 |
廃止 | 2005年 |
学校種別 | 私立 |
設置者 | 学校法人東邦大学 |
本部所在地 | 東京都大田区大森西4-16-20 |
学部 | 看護学科 |
研究科 |
地域看護学専攻 母子看護学専攻 |
概要
編集大学全体
編集教育および研究
編集沿革
編集- 1926年 帝国女子医学専門学校附属看護婦養成所が開校。
- 1957年 東邦大学医学部付属准看護学校となる。
- 1965年 東邦大学医学部付属高等看護学校が開校。
- 1970年 東邦大学高等看護学校と校名変更。
- 1977年 専修学校(専門課程)による東邦大学看護専門学校となる。
- 1985年 東邦大学看護専門学校を改組発展させて東邦大学医療短期大学看護学科を置く。
- 1988年 専攻科が設置される。
- 地域看護学専攻
- 母子看護学専攻
- 1992年 専攻科が大学評価・学位授与機構に認定される。
- 2001年度をもって学生募集を終了。翌年度以降、東邦大学医学部の看護学科に移行。
- 2005年7月29日 正式廃止[3]。
基礎データ
編集所在地
編集- 東京都大田区大森西4-16-20
年度別学生数
編集通学課程
編集- | 入学定員 | 総定員 | 学生数 | 出典 |
---|---|---|---|---|
1985年 | 100 | 100 | 女104 | [4] |
1986年 | 100 | 200 | 女199 | [5] |
1987年 | 100 | 300 | 男1 女301 |
[6] |
1988年 | 100 | 300 | 男1 女310 |
[7] |
1989年 | 100 | 300 | 男1 女307 |
[8] |
1990年 | 100 | 300 | 男12 女305 |
[9] |
1991年 | 100 | 300 | 男22 女303 |
[10] |
1992年 | 100 | 300 | 男28 女307 |
[11][12] |
1993年 | 100 | 300 | 男20 女308 |
[13] |
1994年 | 100 | 300 | 男7 女324 |
[14] |
1995年 | 100 | 300 | 男7 女327 |
[15] |
1996年 | 100 | 300 | 男7 女331 |
[16] |
1997年 | 100 | 300 | 女333 | [17] |
1998年 | 100 | 300 | 男5 女310 |
[18] |
1999年 | 100 | 300 | 男5 女314 |
[19] |
教育および研究
編集組織
編集学科
編集- 看護学科
専攻科
編集別科
編集- なし
取得資格について
編集受験資格
学生生活
編集部活動・クラブ活動・サークル活動
編集学園祭
編集- 東邦大学医療短期大学の学園祭は、キャンパスの所在地に因み「大森祭」と呼ばれていた[2]。
大学関係者と組織
編集大学関係者組織
編集- 東邦大学医療短期大学には在学者の父母による後援会組織があり、これは大学と在学生家庭との連絡を緊密にし、学生の教育や課外活動などを側面から助成し、より充実した学生生活を送ることができるよう援助することを目的にしたものとなっていた。その活動内容は、修学資金の貸与ほか在学生の各家庭に『花水木』なる広報誌の配布などがあった。
大学関係者一覧
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施設
編集キャンパス
編集- キャンパス内には、実習病院である医学部付属大森病院、臨床研究棟・基礎研究棟・体育館・図書館などが立地していた[2]。図書館の所蔵資料数はおよそ30,000冊となっていた。ちなみに、隣接されていた医学部図書館には170,000冊程度の所蔵資料があり、その図書館を利用していた短大生もいた[2]。
寮
編集- なし
関係校
編集卒業後の進路について
編集就職について
編集- 本科・専攻科とも東邦大学医学部附属大森病院ほか医療機関への就職者が大半だったとみられる[2]。
編入学・進学実績
編集- 看護学科卒業生は東邦大学医療短期大学専攻科に進学していた様子。専攻科は大学評価・学位授与機構に認定されていたため、その修了生は大学院へ進学した人もいたようである。
参考文献
編集脚注
編集- ^ 齋藤益子, 木村好秀「中高年女性の性行動に関する調査 : 第2報」『女性心身医学』第5巻第1号、日本女性心身医学会、2000年、54-59頁、doi:10.18977/jspog.5.1_54、ISSN 1345-2894、NAID 110004012507。、執筆者の所属情報より
- ^ a b c d e f g h i 『2000College of Health Professions,Toho University 東邦大学医療短期大学』より
- ^ a b 平成23年度『全国短期大学高等専門学校一覧』267頁より。
- ^ 昭和61年度版『総覧』55頁
- ^ 昭和62年度版『総覧』55頁
- ^ 昭和63年度版『総覧』56頁
- ^ 昭和64年度版『総覧』59頁
- ^ 1990年度版『総覧』61頁
- ^ 1991年度版『総覧』61頁
- ^ 1992年度版『総覧』63頁
- ^ 1993年度版『総覧』64頁
- ^ 『短大蛍雪 』(全国短大&専修・各種学校受験年鑑シリーズ、1992年9月臨時増刊号)261頁には「男16、女204(うち1年生男6、女104)」と表記されている。
- ^ 1994年度版『総覧』66頁
- ^ 1995年度版『総覧』68頁
- ^ 1996年度版『総覧』70頁
- ^ 1997年度版『総覧』71頁
- ^ 1998年度版『総覧』74頁
- ^ 1999年度版『総覧』64頁
- ^ 2000年度版『総覧』68頁
- ^ a b 修業年限は昼間部1年制で短期大学ほか一定基準を満たす専修学校卒業者も入学が可能だった。