東京証券取引所ビル
東京証券取引所ビル(とうきょうしょうけんとりひきじょビル)は、東京都中央区日本橋兜町にあるビル。東京証券取引所が入居し、所有者は平和不動産である[1]。
東京証券取引所ビル | |
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情報 | |
設計者 | 三菱地所設計 |
施工 | 大成建設、竹中工務店、清水建設、大林組、鹿島建設、他5社 |
建築主 | 証券会員制法人東京証券取引所(全面竣工時。現:株式会社東京証券取引所) |
事業主体 | 株式会社東京証券取引所 |
管理運営 | 平和不動産株式会社 |
構造形式 | 鉄骨造、鉄骨鉄筋コンクリート造 |
敷地面積 | 7,192.99 m² |
延床面積 | 49,627.82 m² |
階数 | 地上15階 地下3階 塔屋2階 |
着工 | 1982年 |
竣工 |
1984年10月(市場館) 1988年4月(本館) |
所在地 |
〒106-0032 東京都中央区日本橋兜町2-1 |
座標 | 北緯35度40分57.60秒 東経139度46分43.71秒 / 北緯35.6826667度 東経139.7788083度座標: 北緯35度40分57.60秒 東経139度46分43.71秒 / 北緯35.6826667度 東経139.7788083度 |
概要
編集東京証券ビルの改築が初めて議論されたのは、1971年だった[2]。1977年3月15日、東証に「取引所建物改築に関する特別委員会」が設置され、建て替えの議論は本格化の段階に入った[3]。翌年、東証は正式に平和不動産に改築を要請した[4]。1981年3月、新しい証券取引所ビルの基本計画が決定され、本館の階数は15階、基準階の床面積は約480坪とし、全館の延坪は約14,350坪とする[5]。工事費用は約366億円の計画だったが[6]、実際の費用総額は386億8200万円だった[7]。施工会社は大成建設・竹中工務店・清水建設・大林組・鹿島建設・熊谷組・フジタ工業・戸田建設・三井建設・前田建設工業からなる共同企業体に決定した。10社からなる共同企業体は極めて異例であり、なるべく多くの上場会社に参加してもらう意図があった[8]。
1982年4月8日、第1期工事の新市場館工事が開始された[9]。東京証券ビル市場館と同じく、花崗岩の最上級品の「稲田石」が使われた[10]。市場館は1984年10月31に完成し、12月6日に竣工式が行われた。1985年5月13日、東証は初めて新市場館の立会場に取引を行った[11]。第2期工事の新本館は1985年10月3日に地鎮祭が行われ[12]、1988年4月30日に竣工した[13]。
賃料
編集竣工したごろの年間賃料は66.2億円であり、1998年に73.6億円まで上昇したが、その後に減額が続き、2016年に27億円まで低下した[14]。2019年に30億円に引き上げられ、25年ぶりに値上げした[15]。
旧東京証券取引所ビル
編集旧東京証券取引所ビルは1927年に市場館が竣工し、1931年に本館が竣工された。老朽化により、1980年代初頭に解体された[16]。
ギャラリー
編集-
本館正面
脚注
編集- ^ “東京証券取引所ビル”. 平和不動産. 平和不動産. 2024年7月12日閲覧。
- ^ 『平和不動産四十年史』 98頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 100頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 101頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 103-104頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 105頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 115頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 106頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 109頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 110頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 112頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 113頁
- ^ 『平和不動産四十年史』 114頁
- ^ “平和不動産、切っても切れない東証との「蜜月」”. 東洋経済オンライン. 東洋経済新報社. 2024年7月12日閲覧。
- ^ “平和不動産、東証ビルの賃料据え置き 年間30億円で合意”. 日本経済新聞. 日本経済新聞. 2024年7月12日閲覧。
- ^ “日本橋兜町の歴史・史跡”. 平和不動産. 平和不動産. 2024年7月12日閲覧。
参考文献
編集- 『平和不動産四十年史』平和不動産、1990年5月。