朝霞駐屯地
朝霞駐屯地(あさかちゅうとんち、JGSDF Camp Asaka)は、日本の東京都練馬区・埼玉県朝霞市・和光市・新座市にまたがる陸上総隊司令部・東部方面総監部等が駐屯する陸上自衛隊の駐屯地である。
朝霞駐屯地 | |
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朝霞駐屯地全景 | |
位置 | |
所在地 | 〒178-8501 東京都練馬区大泉学園町 |
座標 | 北緯35度46分53.06秒 東経139度35分47.13秒 / 北緯35.7814056度 東経139.5964250度座標: 北緯35度46分53.06秒 東経139度35分47.13秒 / 北緯35.7814056度 東経139.5964250度 |
概要 | |
駐屯地司令 | 東部方面総監部幕僚長 兼務 |
主要部隊 |
陸上総隊司令部 東部方面総監部 ほか |
面積 | 909,701 m2[1] |
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開設年 | 1960年 |
概要
編集駐屯地司令は東部方面総監部幕僚長が兼務(東部方面総監部の移駐前は第1施設団長が兼務)。国道254号(川越街道)に接する朝霞門の右側には陸上自衛隊広報センターが所在する。また、隣接する朝霞訓練場では3年に一度、自衛隊記念日に中央観閲式が実施される。
面積91.0ヘクタール(ha)。
所在地は練馬区だが、練馬区には練馬駐屯地もあり、朝霞駐屯地と練馬駐屯地は6.5kmほどの距離にある。
沿革
編集日本陸軍
- 1940年(昭和15年):陸軍予科士官学校の移転用地として東京ゴルフ倶楽部の用地が陸軍省により買収。倶楽部は狭山へ移転。
- 1941年(昭和16年)10月1日:陸軍予科士官学校が東京市の市谷(市ヶ谷台、現在の防衛省市ヶ谷地区(市ヶ谷駐屯地))から移転。
- 1943年(昭和18年)12月9日:昭和天皇行幸、学生達に対し「将来益々武を振るえ」という思いから振武臺(振武台)と命名。
- 1945年(昭和20年)8月24日:川口放送所占拠事件。野営中の陸軍将校ら67人が川口・鳩ヶ谷放送所などを占拠。同日午前中、関東地方におけるラジオ放送を不能とする[3]。
アメリカ陸軍(キャンプ・サウス・ドレイク)
警察予備隊
陸上自衛隊
- 1954年(昭和29年)
陸上自衛隊朝霞駐屯地
- 1961年(昭和36年)8月17日:部隊新編等。
- 1962年(昭和37年)
- 1963年(昭和38年)
- 1964年(昭和39年)
- 3月24日:東部方面武器隊が編成完結。
- 10月:朝霞駐屯地内射撃場を1964年東京オリンピックの射撃競技会場として使用[12]。
- 1966年(昭和41年)
- 1967年(昭和42年)8月10日:第2高射特科群主力が松戸駐屯地へ移駐。
- 1968年(昭和43年)
- 4月1日:輸送学校隷下に婦人自衛官学生隊が編成完結。
- 12月20日:婦人自衛官学生隊が婦人自衛官教育隊として創隊、第1教育団隷下に編合。
- 1971年(昭和46年)
- 1972年(昭和47年)8月1日:第6高射特科群が第124特科大隊を母体として朝霞駐屯地において東部方面隊直轄部隊として編成完結。
- 1973年(昭和48年)
- 1月30日:第6高射特科群が沖縄に移駐開始。
- 3月25日:第6高射特科群が沖縄に移駐完了。
- 1975年(昭和50年)3月26日:東部方面輸送隊が新編。
- 1978年(昭和53年)
- 3月25日:陸上自衛隊中央音楽隊が芝浦分屯地から移駐、入れ替わりに東部方面音楽隊が芝浦分屯地へ移駐。
- 10月:キャンプ座間の陸軍士官学校跡から旧皇族舎を移築し振武臺記念館を開設[2]。
- 1994年(平成 6年)
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)
- 3月26日:東部方面武器隊が廃止。
- 3月27日:部隊新編・移駐
- 4月5日:陸上自衛隊広報センターを開設。
- 2003年(平成15年)3月27日:部隊新編
- 東部方面情報保全隊が新編。
- 東部方面指揮所訓練支援隊が新編。
- 東部方面情報処理隊が新編。
- 対特殊武器衛生隊が新編。
- 2009年(平成21年)3月30日:第2高射特科群隷下の第337高射中隊、第301高射直接支援中隊第1直接支援小隊が古河駐屯地へ移駐。
- 2013年(平成25年)3月26日:中央即応集団司令部の座間分屯地移駐に伴い、朝霞駐屯地隷属の座間分屯地が駐屯地に昇格。
- 2018年(平成30年)3月27日:部隊等の新編・廃止。
- 陸上総隊司令部が設置。
- 陸上自衛隊研究本部を廃止(防衛省目黒地区の陸上自衛隊幹部学校と統合、陸上自衛隊教育訓練研究本部として新編)。
- 中央情報隊(隊本部及び本部付隊、情報処理隊、現地情報隊)が市ヶ谷駐屯地から移駐。
- 対特殊武器衛生隊が三宿駐屯地へ移駐。
- 中央野外通信群第301通信運用中隊が久里浜駐屯地から移駐のうえ、第301指揮所通信中隊に改編。
- 東部方面輸送隊第102輸送業務隊を廃止(陸上自衛隊中央輸送隊第3方面分遣隊として新編)。
- 2020年(令和 2年)3月26日:東部方面システム通信群に称号変更。第302システム防護隊が新編。
- 2021年(令和 3年)
- 7月18日:東京2020オリンピック・パラリンピック支援団(担任:東部方面総監)が編成完結[14]。
- 7月24日-8月2日:朝霞訓練場内射撃場を2020年東京オリンピックの射撃競技会場として使用。また8月29日-9月5日には東京パラリンピックの射撃競技会場としても使用[15]。
- 2022年(令和 4年)3月17日:部隊新編
- 第1師団の地域配備師団化に伴い、第1戦車大隊(駒門駐屯地)及び第1偵察隊(練馬駐屯地)を廃止、統合し第1偵察戦闘大隊(約290人)が新編[16]。
- 陸上総隊隷下に電子作戦隊を新編し、電子作戦隊本部、第101電子戦隊を配置[16][17][18]。
- (時期未定):女性自衛官教育隊が久里浜駐屯地へ移駐し、中央野外通信群残余部隊が久里浜駐屯地から移駐。
駐屯部隊・機関
編集陸上総隊及び直轄部隊
編集- 陸上総隊司令部
- 陸上総隊司令部付隊
- システム通信団
- 中央基地システム通信隊
- システム・ネットワーク運営隊
- 朝霞派遣隊
- システム・ネットワーク運営隊
- 中央野外通信群
- 第301指揮所通信中隊
- 第301映像写真中隊
- 朝霞派遣隊
- サイバー防護隊
- 第302システム防護隊
- 中央基地システム通信隊
- 中央情報隊[19][注釈 1]
- 電子作戦隊
- 電子作戦隊本部
- 第101電子戦隊
東部方面隊及び隷下部隊
編集- 東部方面総監部
- 東部方面総監部付隊
- 第1師団
- 東部方面混成団
- 第2高射特科群
- 第335高射中隊
- 東部方面システム通信群
- 東部方面後方支援隊
- 東部方面衛生隊
- 東部方面会計隊
- 東部方面指揮所訓練支援隊
- 東部方面情報処理隊
- 東部方面音楽隊
- 朝霞駐屯地業務隊
防衛大臣直轄部隊・機関
編集- 自衛隊情報保全隊
- 東部情報保全隊本部
- 警務隊
- 東部方面警務隊本部
- 陸上自衛隊会計監査隊
- 東部方面分遣隊
- 陸上自衛隊中央輸送隊
- 第3方面分遣隊
- 隊本部
- 第1端末地業務班
- 第3方面分遣隊
- 中央音楽隊
- 陸上自衛隊輸送学校
- 自衛隊体育学校(陸海空自衛隊の共同機関)
所在地住所について
編集前述のように駐屯地の敷地は東京都練馬区・埼玉県朝霞市・和光市及び新座市の1都1県・1特別区3市にまたがって所在している。東京都練馬区にかかるのは東部方面総監部庁舎及び正門部分のみだが、自衛隊の駐屯地の住所は駐屯地司令部がある場所によって判別されるため、陸上自衛隊公式サイトなどに記載されている便宜上の住所は「〒178-8501 東京都練馬区大泉学園町」、国有財産情報では「東京都練馬区大泉学園町無番地」として登録されている。なお、地図上では「東京都練馬区大泉学園町9丁目4番」に当たる。
なお、電話の市外局番は埼玉県地域の048(川口MA)が適用されている。ただし、駐屯地内で東京都練馬区内の場所にある公衆電話は、03(東京MA)が適用されている。
朝霞訓練場
編集公道を挟んで駐屯地の西側に隣接する形で朝霞訓練場(Asaka Training Field[20])が設置されている。訓練場の敷地は埼玉県朝霞市・新座市にまたがって所在している。
訓練場内は自動車教習所・屋内射撃場・高射地区(弾薬庫含む)などが設置されており、一部の区域で陣地構築等の小規模な訓練が可能となっている。
3年に一度実施される自衛隊中央観閲式では、後述の広場と道路が会場となる。
前述の通り1964年東京オリンピックの射撃競技会場となったほか、2021年開催の2020年東京オリンピック・パラリンピックでも、オリンピック基準に適合した仮設施設を整備した上で射撃競技が実施された[21][22][23]。公式の競技会場名は、日本語では「陸上自衛隊朝霞訓練場」、英語では「Asaka Shooting Range[24]」であった。
旧朝霞訓練場離着陸場
編集訓練場敷地内の中央部やや東寄りの区画には、北東から南西に向かって直線道路があり、周囲は大きく開けた広場となっている。この場所は、かつては「朝霞訓練場離着陸場」の名称で小型の連絡機(L-21 パイパーなど)の発着に用いられていたもので、航空法に基づく飛行場ではなく、飛行場としての設備も設けられていなかったため、公的な地図等に「飛行場」として記載されていたことはないが、当時の周辺住民には「朝霞の飛行場」等と呼ばれていたことがあり、「かつて朝霞駐屯地には飛行場があった」と記述されている書籍他が存在する他、「朝霞駐屯地は戦前は陸軍の飛行場だった」という誤説の元にもなっている。
現在では小型連絡機が全て退役したため、北側の一部を自動車教習所に転用し、発着場としては用いられていないが、時折ヘリコプターの発着場として用いられている他、中央観閲式の会場として用いられている。
最寄の幹線交通
編集脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ 国有財産の有効活用・フォローアップ有識者会議 各省ヒアリング 調査票 財務省ホームページ
- ^ a b c 振武台記念館内の展示説明(2010年4月3日現在)より
- ^ 岩波書店編集部 編『近代日本総合年表 第四版』岩波書店、2001年11月26日、344頁。ISBN 4-00-022512-X。
- ^ 我が母校五十年誌(陸上自衛隊輸送学校)
- ^ a b c 我が母校五十年誌(陸上自衛隊輸送学校)
- ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和35年3月11日政令第24号)
- ^ 『官報』本紙 第9969号(昭和35年3月17日)
- ^ “朝霞駐屯地ホームぺージ”. 2024年2月11日閲覧。
- ^ 『官報』本紙 第10400号(昭和36年8月19日)
- ^ 朝雲新聞社編集局 編『陸上自衛隊20年年表』朝雲新聞社、1971年9月20日。
- ^ 福島駐屯地 歴史と沿革
- ^ 朝霞射撃場 1964年東京オリンピックメモリアルプレイス 日本オリンピック委員会オフィシャルサイト
- ^ 『官報』本紙 第1536号(平成6年12月1日)
- ^ 防衛省・自衛隊公式アカウント【岸防衛大臣の動静】
- ^ “東京2020大会 新座市の記録 大会編” (PDF). 新座市. 2024年9月25日閲覧。
- ^ a b c 朝霞駐屯地における第1戦闘偵察大隊等の新編について2020年10月、防衛省
- ^ 電子戦部隊の新編について2021年9月、防衛省
- ^ “陸上幕僚長より皆さまへ(令和4年3月17日)”. 陸上幕僚監部 (2022年3月17日). 2022年3月19日閲覧。
- ^ 防衛省情本契第92号2020年7月8日
- ^ “The Prime Minister Attends the Exhibition Ceremony for the Anniversary of the Establishment of the Self-Defense Forces” (英語). 総理大臣官邸 (2010年10月24日). 2017年1月22日閲覧。
- ^ “陸上自衛隊朝霞訓練場”. 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会. 2017年3月25日閲覧。
- ^ “東京2020オリンピック 日程・結果(射撃)”. 読売新聞 2021年10月11日閲覧。
- ^ “東京2020パラリンピック 日程・結果(射撃)”. 読売新聞 2021年10月11日閲覧。
- ^ “Olympic Venue: Heritage Zone & Tokyo Bay Zone” (英語). The Tokyo Organising Committee of the Olympic and Paralympic Games. 2017年3月25日閲覧。