有村章
有村 章(ありむら あきら、1923年12月26日 - 2007年12月10日)は、日本の生理学者。医学博士。チューレーン大学名誉教授。慶應義塾大学医学部客員教授。
人物
編集鹿児島県鹿児島市出身。旧制の鹿児島県立第二鹿児島中学校および第七高等学校卒業[1]。1951年名古屋大学医学部卒業後、イェール大学での研究生活を経て、1965年からチューレーン大学でアンドリュー・ウィクター・シャリー博士の下で、視床下部ホルモンの研究に従事した。ノーベル生理学医学賞(1997年)を受賞したシャリー博士の研究には、3人の日本人(有村章、馬場義彦、松尾寿之)が直接的に貢献したと言われているが[2]、有村博士は、そのうちの1人。 その後、有村博士は、1985年日本の財界の協力を得てチューレーン大学・日米協力生物医学研究所(U.S.-Japan Biomedical Research Laboratories)を設立、同研究所長となり、そこを拠点として、神経科学の発展に貢献した。特に、1989年には、脳疾患治療への応用が期待されるペプチド、PACAP(脳下垂体アデニレートサイクラーゼ活性化ポリペプチド)を発見している[3]。 2007年12月10日、肺炎のためアメリカ・ルイジアナ州ニューオーリンズ市の自宅にて死去(享年83)[4]。
著書
編集- 『私たちのワンダフルライフ:神経ペプチドに魅せられて』有村章、有村勝子 工作舎、2017年 ISBN 978-4-87502-489-7
経歴
編集脚注
編集- ^ 独立行政法人国立病院機構 南九州病院2018年11月21日閲覧
- ^ シャリー博士のノーベル賞受賞理由となった「LH-RH(luteinizing hormone-releasing hormone)の研究」は、有村、馬場、両博士が、16万5000頭の豚の視床下部から830マイクログラムのLH-RHを分離し、松尾博士がその構造決定を行ったことによる成果。
- ^ 雨宮夏雄「サンシャイン・プロジェクト」『北米総領事便り』2000年4月、外務省報道・広報のページ、2009年4月27日閲覧
- ^ "有村章氏死去:米チューレーン大名誉教授"、共同通信、2007/12/12配信、2009年4月27日閲覧