時 煒(Shih Wei、し い、1981年7月6日 - )台湾台北市出身のサッカー選手・フットサル選手。ポジションFWバルドラール浦安所属。日本名は時国 司(ときくに つかさ)。

時 煒
名前
ラテン文字 Shih Wei
日本語 時国 司
基本情報
生年月日 (1981-07-06) 1981年7月6日(43歳)
出身地 中華民国の旗 中華民国台湾台北市
身長 177cm
選手情報
在籍チーム 日本の旗バルドラール浦安
ポジション FW
ユース
1995-1998 日本の旗FC町田
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2014-2015 イングランドの旗 FCエンフィールド
2015-2016 香港の旗 香港レンジャーズ
2016- 日本の旗バルドラール浦安
代表歴2
1999-2000  中華台北U-19 3
2015-  フットサル中華台北代表 10
1. 国内リーグ戦に限る。2016年5月3日現在。
2. 2016年5月3日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴

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1981年7月に台北市で生まれた。小学校に上がるまでは一家は台湾と日本を行き来する生活をしており、父親の仕事の関係で一歳の時に日本に家を構えた。小学生時代に地元のサッカーチームのスクールに所属。1993年、慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部へ進学、2年後にはプロチームのセレクションに参加しFC町田ユースに所属した[1][2]。1998年にFC町田ユースを退団すると、慶應義塾湘南藤沢高等部サッカーチームに所属、2000年までキャプテンを務めた[2]

2000年、U-19サッカー台湾代表として2000年AFC U19ユース選手権大会に出場、その後暫くサッカー関連の活動を止め、数度にわたる台湾サッカー協会の招集を辞退。その後慶應義塾大学経済学部に進学[1]。2004年に卒業後直ぐにゴールドマン-サックス日本法人の戦略投資部門アナリストとして就職。 2006年に社長に昇進[1]。2010年、英国ロンドン・ビジネス・スクール経営管理修士 (MBA) 課程で留学、2012年修士課程を修了。卒業後は帰国せず英国でヘッジファンドに勤めた[1][3]

日本語・英語・中国語の三か国語を話せる人間として白羽の矢が立ち、2015年1月にはアジア市場の開拓のために香港にある同社のアジア支店長に就任した[1]

キャリア

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クラブチーム

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FC町田ユースに所属していたが、その後6年の間サッカーに関する活動は行っていなかった。2006年に再びフィールドに戻ることを決意し、リハビリのあと日本のフットサルチーム FC SPIVに加入[1]、2007年から2009年の3シーズンキャプテンを務める。2008年にはレギュラーとしてリーグ優勝に貢献した[1]

2014年の渡英後、FCエンフィールドのセレクションに合格し加入[4][1]イングランドにおけるフットサルトップリーグであるFAフットサルリーグおよびFAフットサルカップに出場[1]、初ゴールを決めた台湾人日本人の記録を持つ[5]。1シーズンのみではあったがカップ戦、リーグ戦合計で4ゴールの成績を残した[6]

2015年に仕事の都合で香港へ渡航後、いくつかのフットサルチームと積極的に接触、第一候補は 香港ペガサスFCと、香港レンジャーズであった[1]。2015年3月、レンジャーズとシーズン終了までの契約でサイン[7]、背番号は10番であった[1][6]

2016年1月、第2回香港フットサルリーグ第2節終了後、香港レンジャーズオーナー李輝立は、時煒の積極的な働きかけがあり、フットサルのセカンドチーム創設とセカンドチームのリーグ戦参加、それに関わる資金と選手の獲得について発表した[8]

2016年6月、香港レンジャーズを退団し帰国、Fリーグのバルドラール浦安に移籍した[9][10]

台湾代表

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1999年、日本での試合に出場した際、地元メディアから「神のストライカー」の渾名をつけられた。これが台湾サッカー協会の注目を浴び、その後のU19代表招集と、2000年AFC U19選手権出場、および代表キャプテンに就任することにつながる。しかしその後台湾協会の招集等を辞退していた[1]

2015年11月、モンゴルウランバートルで開催された2016年AFCフットサル選手権・予選のためにフットサル台湾代表に招集された[1][3]、台湾代表は予選を突破し、ウズベキスタンで開催された本戦にも出場した[11][7]

個人成績

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代表歴

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台湾U19
出場 得点 參考
2000年 3 0 [1]
合計 3 0
2016年2月22日更新
台湾フットサル
出場 得点 參考
2015 4 0
2016年 6 0
合計 10 0
2016年2月22日更新

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 冬蔭波 (2015年11月25日). “【臺灣五人制球員】時煒 - 金融界國腳” (中国語). 運動視界. 2016年2月2日閲覧。
  2. ^ a b 町田ゼルビア スポーツクラブ (2014年9月9日). “【特集:町田から世界へ】FC町田OB時国司氏インタビューを掲載します”. アスレチッククラブ町田. 2016年2月2日閲覧。
  3. ^ a b 張克銘 (2016年1月3日). “重溫中華隊的戰袍 時煒金融業界賺錢為踢球” (中国語). ETtoday東森新聞雲. 2016年2月2日閲覧。
  4. ^ 【英国関西ライター内藤秀明の一言解説】FC町田、台湾、ゴールドマン・サックス、英国フットサル。異色の経歴の海外組、「時国司」ってどんな人?”. J論 (2014年10月23日). 2016年2月2日閲覧。
  5. ^ 時煒/時國司 Shih Wei/Tsukasa Tokikuni 官方Facebook” (中国語). Facebook. 2016年2月2日閲覧。
  6. ^ a b 時國司加盟” (中国語). 標準流浪官方球會網站. 2016年2月2日閲覧。
  7. ^ a b 冬蔭波 (2015年11月24日). “【臺灣五人制球員】時煒 - 圓夢修行” (中国語). 運動視界. 2016年2月2日閲覧。
  8. ^ 標準流浪動員外援 角逐五人賽錦標” (中国語). 都市日報 (2016年1月21日). 2016年2月2日閲覧。
  9. ^ 路皓惟 (2016年4月22日). “時煒加入日本職業五人制聯盟 開拓台灣球員旅日機會” (中国語). ETtoday東森新聞雲. 2016年2月2日閲覧。
  10. ^ インドネシアの次は台湾!フットサルFリーグの浦安がアジアとのパートナーシップ構築中 - サッカーキング 2016年5月3日閲覧
  11. ^ 104年男子五人制國家代表隊名單” (中国語). 中華民國足球協會網站 (2015年11月11日). 2016年2月2日閲覧。

外部リンク

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