明王院 (鎌倉市)
神奈川県鎌倉市にある真言宗御室派の寺院
明王院(みょうおういん)は、神奈川県鎌倉市十二所にある真言宗泉涌寺派の寺院。山号は飯盛山。寺号は寛喜寺。本尊は五大明王で、「五大堂」とも称される。鎌倉観音霊場の8番札所。
所在地 | 神奈川県鎌倉市十二所32番地 |
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位置 | 北緯35度19分12.9秒 東経139度34分34.5秒 / 北緯35.320250度 東経139.576250度座標: 北緯35度19分12.9秒 東経139度34分34.5秒 / 北緯35.320250度 東経139.576250度 |
山号 | 飯盛山[1] |
院号 | 明王院 |
宗旨 | 古義真言宗 |
宗派 | 真言宗泉涌寺派 |
本尊 | 五大明王 |
創建年 | 1235年(嘉禎元年) |
開山 | 定豪 |
開基 | 藤原(九条)頼経[1] |
正式名 | 飯盛山寬喜寺明王院 |
別称 | 五大堂[2]、鎌倉五大堂明王院 |
札所等 |
鎌倉観音霊場 第8番 鎌倉十三仏 第1番(不動明王) |
公式サイト | 明王院 |
法人番号 | 7021005001990 |
歴史
編集鎌倉市街地の東方、金沢街道から北に入り、滑川を渡った位置にある。この寺は、寛喜3年(1231年)鎌倉幕府4代将軍藤原(九条)頼経によって発願された寺で[2]、寺号の「寛喜寺」は発願の年号による。嘉禎元年(1235年)に落慶し鶴岡八幡宮別当の定豪が開山に迎えられた。
寺は寛永年間(1624 - 1644年)の火災で焼失し、その後再建されたものである。本尊として不動明王を中心とする五大明王像を安置するが、不動明王像のみが鎌倉時代のもので、他の4体は上記の火災後の造立である。不動明王像は作風から鎌倉時代の仏師・肥後別当定慶の作と推定されている。明王院は藤原頼経開基の寺院であるが、頼経の室・竹御所の一周忌の本尊仏を文暦2年(改元して嘉禎元年・1235年)5月、肥後法橋(定慶)が造立したことが『吾妻鏡』にみえ、頼経と定慶の関係を裏付けている[3]。
文化財
編集重要文化財(国指定)
編集- 木造不動明王坐像
脚注
編集- ^ a b 新編相模国風土記稿 十二所村 明王院.
- ^ a b 新編鎌倉志 1915, p. 44.
- ^ 『月刊文化財』585号、pp.9 - 10
参考文献
編集関連項目
編集- 神奈川県指定文化財一覧
- 十二所神社 (鎌倉市)(別当寺を務めた)