座標: 北緯38度49分29.7秒 東経121度15分52.3秒 / 北緯38.824917度 東経121.264528度 / 38.824917; 121.264528

旅順刑務所(りょじゅんけいむしょ)は、現在の遼寧省大連市旅順口区の市街地北部に位置していた刑務所。1902年にロシア帝国が建設し、1907年に大日本帝国が拡張して「関東都督府監獄署于」と呼ばれた後、1920年に「関東庁監獄」、1934年に「関東刑務所」、1939年に「旅順刑務所」と呼ばれた。

旅順刑務所のゲート

1945年ソ連軍が旅順に入った後解体されたが、1971年7月に再建され、「旅順日露監獄旧址(旅顺日俄监狱旧址)」として陳列館となった。1988年、中華人民共和国全国重点文物保護単位(第三批)とされる。

刑務所は主にその時代における満州朝鮮の反日人物の他、ソ連エジプト、日本国内の反戦的な人物も拘束されていた。中国側主張によれば、1906年から1936年間に累計2万人余りが拘束され[1]、1942年から1945年8月の間には約700名が殺害されたとしている[2]

ここに収監された人々の中でよく知られているのは、伊藤博文ハルビン駅頭で暗殺した朝鮮人安重根などである。

現在は博物館

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現在は「旅順日露監獄旧跡博物館」と呼ばれていて、一般に公開されている。[3]

注:構内の「陳列館」建物には、日本領有時代に建てられた石碑の大部分が収納されている。

脚注

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  1. ^ 新闻资料:旅顺日俄监狱旧址,新华网,2005年7月9日,于2010年2月6日查阅。
  2. ^ 第三批全国重点文物保护单位:旅顺监狱旧址(古建筑及历史纪念建筑物),中国文明网,2008年1月22日,于2010年2月6日查阅。
  3. ^ 旅順日露監獄旧跡地博物館(トラベルコ)

外部リンク

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