新明嘉規
新明 嘉規(しんめい よしのり、1972年9月16日[1] - )は、武蔵川部屋に所属した元大相撲力士。本名同じ。最高位は東幕下12枚目(1999年1月場所)。
来歴
編集千葉県佐倉市出身[1]。佐倉市立佐倉中学校では柔道部に所属し、県大会で優勝[2]。全国大会では沖縄県代表の真喜志慶治に僅差で敗れた[2]。八千代松陰高等学校ではレスリング部に入り、1990年のインターハイに出場し、115㎏級で優勝[1][3][4]。卒業後は専修大学に入り、レスリングを続けたが、2年で中退、大学時代は大会出場の経験はなかった[5]。地元のレスリングクラブの先生に頼み、中央大学相撲部監督を介して、武蔵川部屋を紹介され、武蔵川部屋に入門した[5]。1992年7月場所で初土俵を踏む[1]。入門後は序二段と三段目を往復する時期が続き、左ひざのケガもあったが[5]、1996年11月場所で三段目優勝した。翌場所、初めて幕下に昇進したが、全休で三段目に戻った[6]。この場所で勝ち越し、再び幕下に上がってから一度三段目に落ちたが、その後は幕下に定着した[6]。最高位は幕下12枚目で、全勝であれば十両に昇進でき、3度この地位まで登り詰めたが、いずれも負け越しに終わり、幕下1ケタに上がることはなかった[6]。
2000年3月場所から弓取式を務め[7]、2002年1月場所まで続けた。翌2002年3月場所限り、29歳で引退した[6]。
脚注
編集参考文献
編集- 『相撲』1992年8月号、ベースボールマガジン社。
- 『相撲』1998年3月号、ベースボールマガジン社。
- 『相撲』2002年2月号、ベースボールマガジン社。
- 『大相撲』1997年1月号、読売新聞社。
- 『大相撲』1997年11月号、読売新聞社。