教宗寺 (高槻市)
大阪府高槻市にある浄土真宗本願寺派の寺院
教宗寺(きょうそうじ)は大阪府高槻市芥川町にある浄土真宗本願寺派の仏教寺院。本尊は阿弥陀如来である[1]。
教宗寺 | |
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所在地 | 大阪府高槻市芥川町4丁目6-3 |
位置 | 北緯34度51分08.3秒 東経135度36分36.5秒 / 北緯34.852306度 東経135.610139度座標: 北緯34度51分08.3秒 東経135度36分36.5秒 / 北緯34.852306度 東経135.610139度 |
山号 | 神恵山 |
宗派 | 浄土真宗本願寺派 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建年 | 1287年(弘安10年) |
開基 | 了専 |
法人番号 | 2120905002069 |
歴史
編集寺伝によると、1287年(弘安10年)[1]、当寺の先祖である田淵久兵衛教宗が、親鸞聖人の弟子となり了専と法名し、自宅を寺に改めて開創したとされ[2]、のちに聖人の勅号に因んで教宗寺の称号を与えられたといわれる。その後、堂宇が大破し、1692年(元禄5年)に再建された[3]。
1734年(享保19年)の「芥川宿絵図」(高槻市指定文化財・1991年〈平成3年〉5月17日指定[4])には、草葺屋根の家並みとともに、瓦屋根である当寺および本陣が描かれている[1]。
1907年(明治40年)に改修されており、その後、2008年(平成20年)に本堂が修復された。
市蛭子大神宮
編集田淵家の先代が門前の西国街道に市場を立て、伝教大師がたまたま同家に泊まられたので、市場の繁栄を祈る守護神を切望。大師は一夜のうちに蛭子・大黒の立像を彫刻されて与えた。喜び自邸の傍らに宮を建てて市蛭子として崇めると、霊験著しく市場は大いに繁昌した。その後、衰退し、田淵了専が教宗寺の守護神として崇めていると、ご神体が盗まれ、蛭子は数日後に戻るものの大黒天は戻らなかった。神勅により石を納めて石大黒としていると、その石は分身して貞享(1684-1687年)の頃には2個、享保(1716-1735年)の頃には5個となり、ついには7個となった。これにより安産の宮と呼ばれるようになったという[5]。