ネジレバネ
ネジレバネ(撚翅)は、ネジレバネ目(撚翅目、学名: Strepsiptera、英語発音: [strɛpˈsɪptərə])に属する昆虫の総称。ネジレバネ目は11科600種を内包する。ハチ類、ヨコバイ、シミ、ゴキブリなどの仲間に寄生して生活し、特に同目のほとんどの種のメスは一度宿主の体内に寄生したら出て来ることなくそのまま一生を終える。初齢の幼虫は孵化したら一度宿主を離れ、宿主となる寄生されていない昆虫を探し始める。また、オスは宿主に寄生している交尾前のメスを探すために成虫になると宿主から離れる[1]。約3億 - 3億5000万年前に分岐したとされる甲虫類が最も近縁であると考えられているが、化石記録が認められるのは約1億年ほど前の白亜紀中期以降である[2]。
ネジレバネ目(撚翅目) | ||||||||||||
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上: オス
下: ネジレバネ科のメス | ||||||||||||
分類 | ||||||||||||
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オスの成虫が観察できることは稀であるが、未交尾のメスを入れたゲージを使っておびき寄せることが可能である。また、夜間にはライトトラップを使って標本を採集することもできる[1]。
生態
編集形態
編集オス
編集ネジレバネ目のオスは翅、眼、脚、触角を有する。口器は摂食には使えず、多くは感覚器官に変化している。一見、オスはハエのように見える[1]。前翅は棍棒状の小さな構造体に変化しており、平衡感覚を司っている[3]。ハエも同様の構造体を持っているが、変化したのは後翅であり(平均棍)、二つの系統は別々に進化したものだと考えられている[4]。後翅は基本的に扇形をしており、翅脈は大きく退化している。触角も扇のような形をしており、遠くからでもメスの存在を感知できる特殊な化学受容器に覆われている[5]。
オスの成虫の眼は他の昆虫類とは異なっており、三葉虫の仲間であるPhacopina亜目のそれに似ている。眼は数百から数千ほどの単眼から成るが、それぞれの単眼が視覚の一部分を担当する複眼と違って、数十個の単眼がまとまって小さな眼を構成し、それぞれが一つの完成した視覚を得るようになっている。それぞれの単眼のまとまりは角質や剛毛によって区切られており、眼全体はまるでブラックベリーのような見た目になっている[1][6]。
メス
編集記載済みのネジレバネ目の種のうちの97パーセントの種のメス、およびMengenillidae 科(シミネジレバネ科)と Bahiaxenidae 科とを除く現生のネジレバネ目の種のメスは、一生のうちに宿主から離れることが無いことで知られている。翅、脚、眼を欠いており、頭部と胸部が癒合した幼態成熟となっている[1][7][5]。Mengenillidae 科に関しては、成虫のメスは翅を欠いているものの眼を脚を使ってある程度は自由に移動可能である。Bahiaxenidae 科に関しても同様だとされるが、そのようなことが観察されたことは無い[8][7][5]。
幼虫
編集孵化直後の初齢幼虫の体長は平均して230マイクロメートルほどであり、一般的な単細胞生物と比べても小さい。よく発達した単眼により移動も可能で、色を識別することが出来る。体の下部は微細な毛のような構造体で覆われており、毛細管現象を利用して濡れた面に対しても張り付くことが出来る。体の後部にはよく発達した剛毛のような構造をした尾角がある。この尾角は筋肉と繋がっており、これにより跳躍が可能。跗節の構造によって宿主にくっつくことができ、一度宿主に寄生した老齢幼虫はその場から動き回ることはなくなる[5]。
生活史
編集交尾前のメスはフェロモンを放出してオスに居場所を知らせる[1]。一部の種は一妻多夫であり、1匹のメスが複数匹のオスと交尾することがある[9]。
ネジレバネ亜目のメスは、体の前部を宿主の腹の節から覗かせている。ネジレバネ目の全ての種のオスは、メスの表皮のクチクラを破って交尾をする。このようなメスの外表に穴を開けて精子を送るという交尾様式は外傷性受精と呼ばれ、トコジラミ類などにおいても独自に発達している[1][9]。
ネジレバネの卵はメスの体内で孵化すると、幼虫はプラニディウムとしてメスの血体腔内を遊泳して、母親の体を内側から食す。このような生態はネジレバネ類固有のものである[10]。メスは1匹あたり数千匹の幼虫を産む[11]。幼虫はその後母親の頭部の、宿主の体外に向かって突き出ている抱卵管から体外に出る[10][11]。
幼虫は脚を持ち、母親の体外に出ると新たな宿主を積極的に探し始める。幼虫の脚は部分的に退化しており、基節と腿節の間にあるはずの転節が存在しない[11]。宿主を見つけるために飛翔するエネルギーの蓄えは限られているため、幼虫は短い期間のうちに非常に活発に活動する。この時期における幼虫は初齢幼虫で、単眼を持つ。幼虫は宿主を捕捉すると、宿主の腹部の角皮を酵素を分泌して軟化させ、宿主に侵入する。パプアニューギニアに生息する Stichotrema dallatorreanum Hofeneder はバッタ類の跗節に侵入して寄生することが確認されている[12]。
宿主に侵入すると、幼虫は過変態を起こし、脚が無く、動きにくい体に変化する。幼虫は宿主に対して袋状の構造物を作るように促し、その中で餌を取り成長していく。この構造物は宿主の組織から作られたもので、宿主の免疫機能から幼虫を保護する役割を担う。4期に渡る齢期のうちに、幼虫はクチクラの分離を繰り返すが、古い表皮が捨て去られることは無く(脱皮無しのクチクラ遊離)、これにより幼虫の周りには表皮の層が多重に形成される[13]。最後の脱皮を終えると、オスは蛹になるが、メスは幼体のまま成熟する[14][15]。寄生された宿主は腹部の色や形状が変化することがあり、不活発になる。成虫となったオスは宿主から離れる一方、メスは宿主の体内に残ってオスが訪れるのを待つ。この時のメスは最大で宿主の腹部の容積の90パーセントを占めていることがある[1]。オスの成虫の寿命は非常に短く、通常は5時間も生きることが出来ない。また、摂食もしない[1]。
寄生
編集ネジレバネ目の種の寄生対象となる昆虫は多種に渡ることが確認されており、シミ目、バッタ目、ゴキブリ目、カマキリ目、カメムシ亜目、ハチ目、ハエ目に属する種が宿主になり得る[1]。アリネジレバネ科は、オスがアリに寄生し、メスがバッタの仲間に寄生する。シミネジレバネ科はシミの仲間のみを宿主とする一方で[16]、ネジレバネ亜目に属する種は基本的に翅を持つ昆虫を宿主とし、特に記載されているネジレバネ目の種の27パーセントを数える同目最大の科であるネジレバネ科はハチの仲間のみを寄生の対象とする[5]。
非常に珍しい例ではあるが、1匹の宿主に複数匹のメスが寄生することもあり得る。1匹の宿主に複数のオスが寄生する例は、メスの例よりは見られる[1]。
アリネジレバネ科のメスは、宿主のアリが植物の葉の先端に留まるように操って、オスに発見される可能性を高めている[17]。
分類
編集ネジレバネ目の学名 Strepsiptera は1813年に昆虫学者のウィリアム・カービーによって命名された[18]。ギリシア語のστρέϕειν (strephein) は「捩じる」、πτερόν (pteron) は「翅」を意味し、静止時の後翅が捻じれた角度になっていることから名付けられた[19]。
ネジレバネの仲間は当初、寄生性や前翅の退化という点でツチハンミョウ科ないしオオハナノミ科の姉妹群ではないかと考えられていた。初期の分子研究では、1対の翅が平均棍に変化したグループである Halteria という分岐群[20]、つまりハエの姉妹群に含まれるということが示唆され[1][21]、甲虫目との関連性は裏付けられなかった[21]。一方、その後の分子研究では、Mecopterida 分岐群(双翅目と鱗翅目を含む分岐群)の外にあるということは示されたが、その他のいずれの現生のグループとの類似性を示す強力な証拠は発見されなかった[22]。ネジレバネの進化的位置の研究においては、長枝誘引が系統解析を難しくしていた[23]。最近では、多くの分子研究において、ネジレバネ目は甲虫目の姉妹群であることが分かっており、両目が併せて鞘翅上目の分岐群を構成している[24]。最も基部の系統に属するネジレバネはバルト海琥珀から発見された始新世期の Protoxenos janzeni である[25]。現生では Bahiaxenidae 科を構成する唯一の種である Bahiaxenos relictus が最も基部の系統に属する[26]。最古の既知のネジレバネの化石はミャンマーのビルマ琥珀から発見された中期白亜紀の Cretostylops engeli、Kinzelbachilla ellenbergeri、Phthanoxenos nervosus、Heterobathmilla kakopoios の化石で、約9900万年前のものである。これらはみなクラウングループ外の種であるが、みな Protoxenos より現生ネジレバネと近縁の関係にある。寄生性の初齢幼虫が同じ堆積物の中に発見されたことは、この系統のネジレバネが1億年間その寄生様式を殆んど変化させずに存在してきたという可能性が高いことを意味するが、それ以前の進化史は依然解明されていない[2]。シミ類を宿主とするシミネジレバネ科が、ネジレバネの祖先の生態の名残りなのではないかという説は、疑問点が指摘されている[16]。
下位分類
編集現生ネジレバネの大半はカメムシネジレバネ科、クシヒゲネジレバネ科、Callipharixenidae 科、ボハートネジレバネ科、エダヒゲネジレバネ科、アリネジレバネ科、ネジレバネ科、Protelencholacidae 科(絶滅種)、Xenidae 科から成るネジレバネ亜目に属している[2]。ネジレバネ亜目に属する全ての種のメスは寄生性で、複数の生殖口を有する[1]。現生の2科、シミネジレバネ科と Bahiaxenidae 科、および絶滅した数科は、ネジレバネ亜目には属さない[2]。
ネジレバネ科は4節から成る跗節と、4 - 6節から成る触角を有する。触角の第3節から横方向に突起が伸びている。ネジレバネ科は側系統群であると考えられている[1]。エダヒゲネジレバネ科は2節から成る跗節と、4節から成る触角を有し、触角の第3節から横方向に突起が伸びている。クシヒゲネジレバネ科は3節から成る跗節と、7節から成る触角を有し、触角の第3節および第4節から横方向に突起が伸びている[11]。ネジレバネ科は主にミツバチやスズメバチの仲間に、エダヒゲネジレバネ科はウンカの仲間に、クシヒゲネジレバネ科はヨコバイやケラの仲間にそれぞれ寄生する[11]。
Xenos 属のネジレバネは、社会性ハチの一種であるアシナガバチの仲間の Polistes carnifex を宿主とする[27]。餌を探している働きバチによって巣まで運ばれたネジレバネの幼虫は、巣の中でハチの幼虫の体内に入り込む。その後ハチが羽化した後も寄生を続け、ネジレバネが蛹化する(オスの場合)か、あるいは初齢の幼虫を体外に放出する(メスの場合)まで、ハチの体内に留まり続ける[28]。
系統樹
編集出典: [2]
ネジレバネ目 |
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人間との関わり
編集ネジレバネの寄生対象の昆虫には、人間によって害虫と見なされている種もある。一般的にその害虫を宿主とする寄生虫を害虫に寄生させれば、害虫による被害を軽減できる場合があるが、ネジレバネがそのような用途で試験された例は無く、試験的にも実用的にもそのような目的での利用可能性はまず無い[29]。
関連項目
編集脚注
編集出典
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関連資料
編集- Grimaldi, D. and Engel, M.S. (2005). Evolution of the Insects. Cambridge University Press. ISBN 0-521-82149-5
外部リンク
編集- ウィキメディア・コモンズには、ネジレバネ目に関するカテゴリがあります。
- ウィキスピーシーズには、ネジレバネ目に関する情報があります。
- Strepsiptera in Baltic amber (www.amber-inclusions.dk) - Strepsiptera, Mengeidae, Mengea tertiaria
- Strepsiptera - Tree of Life Web Project
- Survey of Modern Counterparts of Schizochroal Trilobite Eyes: Structural and Functional Similarities and Differences Archived 2007-09-28 at the Wayback Machine.
- The Peculiar Strepsiptera Life Cycle - The Academy of Natural Sciences (YouTube)
- Strepsiptera discussed in RNZ Critter of the Week, 30 August 2022