慈眼堂 (大津市)
滋賀県大津市にある天海の廟所
歴史
編集慶長12年(1607年)から比叡山南光坊に住み、織田信長の比叡山焼き討ち後の延暦寺の復興に尽力した天海の廟所である。江戸時代初期の禅宗様を基本とする仏堂で、正保3年(1646年)に建立された。正面三間、側面三間、一重、宝形造、桟瓦葺の建物である。建物は国の重要文化財に指定されている。
堂内には木造慈眼大師坐像(重要文化財)が祀られていた(現在は延暦寺国宝殿にある)。境内には天海によって高島市から当地に移された鵜川四十八体石仏群のうちの13体の阿弥陀如来坐像のほか、歴代天台座主の墓、桓武天皇の御骨塔などがある。
境内
編集文化財
編集重要文化財
編集その他の文化財
編集- 釣燈籠2個 - 承応元年壬辰10月2日の刻銘があるもの。
- 石燈籠16基 - 慈眼大師御寶前、承応元年の刻銘があるもの6基、慈眼大師御霊前、承応2年の刻銘があるもの6基、慈眼大師御霊前、承応3年の刻銘があるもの2基、慈眼大師御宝前の刻銘があるもの2基。
所在地
編集- 滋賀県大津市坂本4丁目6-1
交通アクセス
編集周辺
編集脚注
編集- ^ 「延暦寺11棟」のうちの1棟として、文殊楼、四季講堂などとともに指定された(平成28年7月25日文部科学省告示第102号)。