庾黔弼
庾 黔弼(ユ、グムビル、朝鮮語: 유금필/유검필、 - 941年)は、高麗建国期の軍人。諡号は忠節。朝鮮氏族の茂松庾氏の始祖で、先祖は、新羅初期に中国から新羅に帰化した庾荀悠である。
庾 黔弼 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 유금필 / 유검필 |
漢字: | 庾 黔弼 |
発音: | ユ、グムビル |
人物
編集平州(黄海北道平山郡)出身の軍人。923年には女真族の懐柔策に手腕を発揮し、多くを帰附させた。925年には征西大将軍として後百済軍を攻撃し、大きな軍港を立てた。また936年には黒水、達姑、鉄勒などの女真族の精鋭騎兵を指揮して後百済軍を破るなど、高麗太祖を支援して三韓統一に功績を挙げ、三重大匡統合三韓翊贊公臣に封ぜられ、また功臣として太祖の廟庭に祀られた。
参考文献
編集- “유씨(庾氏) 본관(本貫) 무송(茂松)”. 한국족보출판사. オリジナルの2022年11月30日時点におけるアーカイブ。
- 金光林 (2014年). “A Comparison of the Korean and Japanese Approaches to Foreign Family Names” (英語) (PDF). Journal of cultural interaction in East Asia (東アジア文化交渉学会): p. 18. オリジナルの2016年3月27日時点におけるアーカイブ。
- 「アジア人物史 3」 集英社 2023年