岸田純之助
経歴
編集鳥取県出身。東京帝国大学第一工学部卒業。大日本帝国海軍で航空機設計に従事。1946年朝日新聞社に入社。『科学朝日』編集部員、論説委員を経て、1977年論説主幹。1985年日本総合研究所 (財団法人) 会長。1994年日本科学技術ジャーナリスト会議会長[1]。日本原子力文化振興財団監事、日本総合研究所名誉会長[2]。
著書
編集- 『新しい科学の話』(偕成社、絵とき百科) 1958
- 『新しい科学の話』(偕成社、絵ときシリーズ) 1963
- 『21世紀の夢』(国土社、みつばち図書館) 1959
- 『月着陸A-OK 見てきたアメリカ宇宙基地』(早川書房、ハヤカワ・ライブラリー) 1962
- 『宇宙にいどむ』(あかね書房、少年少女宇宙の科学) 1963
- 『科学と発明発見』(偕成社、目で見る児童百科) 1964
- 『科学と発明発見 現代の科学技術』(偕成社、小学生百科) 1968
- 『現代の戦争 新兵器競争から軍縮へのプログラム』(講談社、ブルーバックス) 1965
- 『核の周辺』(雪華社) 1967
- 『宇宙開発 宇宙空間への挑戦』(筑摩書房、筑摩総合大学) 1969
- 『技術 - その周辺』(日本経営出版会) 1969
- 『自主技術の開発 工学の新しい手法』(日本放送出版協会、NHK技術新時代) 1970
- 『情報化社会の生き方・考え方』(日本生産性本部) 1970
- 『技術文明の再点検 テクノロジー・アセスメント時代へ』(日本生産性本部) 1972
- 『核』(学陽書房) 1975
- 『新文明論 現代はどこへ行こうとするのか』(学陽書房) 1977
- 『1980年代の科学技術』(現代研究会、現代セミナー) 1980
- 『情報化新時代』(大阪書籍、朝日カルチャーブックス) 1984
- 『私たちの暮らしとエネルギー 21世紀を展望する』(エネルギーと暮らし・市民の会) 1984
- 『技術文明論 21世紀へのメッセージ』(中央経済社) 1985
- 『平和国家日本の原子力』(電力新報社) 1990
- 『八十年の回想』(講談社出版サービスセンター) 2003
共編著
編集- 『科学時代』全5巻(丹羽小弥太, 林克也共著、筑摩書房) 1961
- 『未来の世界』(高木純一共著、小学館、科学図説シリーズ) 1963
- 『明日のくらしをかえる3E革命』(編、日本生産性本部) 1967
- 『エンジニアへの手紙』(編、ダイヤモンド社) 1967
- 『新しい10年 ソフトな時代のトータル・ビジョン』(編、ダイヤモンド社) 1970
- 『70年代の国際関係 多極化時代のシステム・アプローチ』(関寛治, 武者小路公秀共著、ぺりかん社) 1970
- 『豊かさのなかの危機 新しい「幸福論」への試み』(高坂正堯, 力石定一共著、日本経営出版会) 1970
- 『講座情報化時代の教育』(木原健太郎共編著、明治図書出版) 1972
- 『明日のエネルギー サンシャイン計画のすべて』(編、日本生産性本部、JPC選書) 1975
- 『日本の将来を読む 朝日論説室スタッフの大胆な展望』(編、学陽書房) 1980
- 『交渉力の研究 国家から個人までを貫く法則』(高瀬昭治共著、学陽書房) 1981
- 『日本の成熟と未成熟 朝日論説室スタッフが鋭く指摘する』(編著、学陽書房) 1981
- 『近未来技術情報』(編著、世界経済情報サービス) 1992
翻訳
編集- 『ソビエトの人工衛星・宇宙旅行』(金光不二夫, 袋一平共編訳、三一書房) 1957
- 『宇宙船ボストーク 第1号から月計画へ』(W・G・バーチェット, A・パーディ、岩波新書) 1962
- 『地球は青かった』(ガガーリン、あかね書房、少年少女20世紀の記録) 1963
- 『戦争研究』(ブラッケット、立花昭共訳、みすず書房) 1964
- 『宇宙空間の開発 米ソの記録と展望』(金光不二夫共訳編、築地書館) 1965
- 『核の時代 現代史戦後篇』(グロッジンス, ラビノビッチ編、高榎尭共訳、みすず書房) 1965
- 『2018年』(米外交問題研究所編、タイムライフインターナショナル、タイムライフブックス) 1969
- 『コンピュータ文明』(N・ホウクス、ティビーエス・ブリタニカ) 1976
脚注
編集- ^ 岸田純之助 きしだ-じゅんのすけデジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説
- ^ 日本原子力文化振興財団役員名簿(PDF) - ウェイバックマシン(2013年3月10日アーカイブ分)
- ^ 岸田純之助氏が死去 元朝日新聞社論説主幹 日本経済新聞 2012年10月3日閲覧
- ^ “(おくやみ)岸田純之助氏が死去 元朝日新聞社論説主幹”. 日本経済新聞. (2012年10月3日) 2020年2月1日閲覧。