岡田 啓(おかだ けい、安永9年(1780年) - 万延元年7月13日1860年8月29日[1])は、のちの尾張国山神町在住の国学者、尾張藩士。号として、文園・酢粕がある[2]。別名は康礼、通称は六兵衛[1]

概要

編集

尾張藩士である岡田金右衛門の次男として出生する[2]。『尾張志』61巻を、監修深田正昭中尾義稲らと共に執筆する[2]。また、新旧の書籍約1万巻を収集し、一葉文庫を創設した[2]

著書

編集

脚注

編集

参考文献

編集
  • 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 編『角川日本姓氏歴史人名大辞典23 愛知県』角川書店、1991年10月30日。ISBN 4-04-002230-0