山田年貞
明治時代の浮世絵師
来歴
編集月岡芳年の門人、陽斎と号す。明治17年(1884年)に滑稽堂より刊行された『開明奇談写真之仇討』二冊(伊東専三編)の挿絵を、稲野年恒とともに描いている(表紙と口絵は芳年が描く)。明治19年頃、芳年から門人に宛てた書状(芳年門人一覧)には「本郷根津片町壱番地 山田年貞殿」とある。また明治31年(1898年)5月建立の月岡芳年翁之碑では「芳年社中故門人」の中に名があることから、これ以前に没していたものとみられる。
参考文献
編集- 桑原羊次郎 『浮世絵師人名辞書』 教文館、1923年 ※国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり。38コマ目。
- 西井正氣編 『月岡芳年展』 日本経済新聞社、1995年 ※141頁
- 菅原真弓 『月岡芳年伝 幕末明治のはざまに』 中央公論美術出版、2018年 ※396 - 397頁