山口 茂治(やまぐち しげじ[1]1900年明治33年〉10月18日[1][2][3] - 1979年昭和54年〉6月16日[2][3])は、昭和時代の政治家実業家相模原市長。相模原市議会議長。

経歴

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神奈川県高座郡大沢村大島(相模原町大島を経て、現相模原市緑区大島)に生まれる[2]。1916年(大正5年)鳩川農学校を卒業し、1941年(昭和16年)相模原町会議員となる[2]。相模原町交通安全協会長、神奈川県猟友会副会長を務める傍ら、実業家として(株)山口組の社長を務めた[2]。その後、初代から4代まで相模原市議会議長を務め、無戦災都市に競輪の開催権を取得し、神奈川県市議会議長会会長を歴任した[2]。1959年(昭和34年)4月に相模原市長に当選[2]。1963年(昭和38年)には再選された[2]

市長在任中は、首都圏衛星都市の指定を受け、欧州各国の首都圏衛星都市建設事業視察の体験を市政に生かした[2]。具体的には住宅団地の造成、市営工業用水の完成、清掃作業所の整備、救急業務の開始、交通安全都市宣言などを行った[2]。文化財保護や教育文化面の充実にも力を入れ、市民会館の建設、青少年相談所、児童館の開設を進めた[2]。1964年(昭和39年)11月、病により辞任した[2]。その後は、横浜地方裁判所調停委員、神奈川県鳥獣審議会委員などを歴任[2]。1965年(昭和40年)相模原市自治功労彰を受章した[2]。ほか、相馬合同トラック取締役、相模原町運転者協会長を務めた[1]

栄典

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勲章等

脚注

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参考文献

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  • 人事興信所 編『人事興信録 第22版 下』人事興信所、1964年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3025539 
  • 歴代知事編纂会 編集『日本の歴代市長 : 市制施行百年の歩み 第1巻』歴代知事編纂会、1983年。 
  • 日外アソシエーツ 編集『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年。ISBN 4816929304