尻別岳(しりべつだけ)は、北海道喜茂別町留寿都村真狩村にまたがる第四紀火山である。標高は1107.27m、二等三角点(点名「後別岳」)[1]である。アイヌの人々はピンネシリ(雄岳)[2]と呼び、当時の入植者は前方羊蹄山と呼んだ。南側山麓の橇負山(枝脈)にはルスツリゾートが広がる。

尻別岳
北東から
標高 1107.27[1] m
所在地 北海道喜茂別町留寿都村真狩村
位置 北緯42度46分20秒 東経140度54分40秒 / 北緯42.77222度 東経140.91111度 / 42.77222; 140.91111座標: 北緯42度46分20秒 東経140度54分40秒 / 北緯42.77222度 東経140.91111度 / 42.77222; 140.91111
山系 独立峰
種類 複成火山
尻別岳の位置(北海道南部内)
尻別岳
尻別岳
尻別岳 (北海道南部)
尻別岳の位置(北海道内)
尻別岳
尻別岳
尻別岳 (北海道)
尻別岳の位置(日本内)
尻別岳
尻別岳
尻別岳 (日本)
プロジェクト 山
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特徴

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約13万~5万年前に活動した火山であり、地質は安山岩デイサイト質からなる[3]。火山体は大きく分けて、西開き馬蹄形地形が特徴的な西尻別火山体と、現在の山頂部にあたる円錐形の東尻別火山体に分けられる。

火山活動として、約13万年前 (Km-2)と7万年前 (Km-1)にデイサイト質マグマによる火砕流を伴う爆発的な噴火が発生。尻別テフラ・喜茂別火砕流が噴出し、山麓に火砕流台地を形成した。この2回の噴火の合計噴出量は10km3以下と推定される。その後、7万年前ごろに東尻別火山体が、6万年前ごろに西尻別火山体が形成される。5~6万年前ごろに西尻別火山体が崩壊し留寿都岩屑なだれが発生、西方に向かって10kmの範囲に崩壊物質が流れ下った。その際に形成された流れ山の一つが軍人山である[4]。この時崩壊した山体の体積は1-2 km3と推定されている[5]。山体崩壊後から約5万年前にかけて、馬蹄形地形縁中央部に溶岩ドームが形成された[6][7]完新世における噴火は認められない。

登山ルート

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南側から登る留寿都コース、北から登る喜茂別コースがある。共に所要時間は2時間程度

近隣の山

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脚注・出典

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  1. ^ a b 基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2014年7月12日閲覧。 “基準点コード TR26440172201”
  2. ^ 道新スポーツ『北海道の百名山』北海道新聞社、2000年
  3. ^ 東京天文台編纂 『理科年表2004』 丸善
  4. ^ 町田洋ほか編 『日本の地形2 北海道』 東京大学出版会 2003年
  5. ^ 吉田 英嗣、須貝 俊彦、大森 博雄 (2010). “山麓に拡散した火山性岩屑なだれが形成する流れ山の縦断分布特性”. 第四紀研究 49 (2): 55-67. https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282681474156928 2016年12月2日閲覧。. 
  6. ^ 上澤真平、中川光弘「南西北海道,尻別岳火山の地質と岩石(第一報)」『日本地質学会学術大会講演要旨』第124年学術大会(2017愛媛)、2017年、doi:10.14863/geosocabst.2017.0_3592022年5月18日閲覧 
  7. ^ Goto, Y.; Miyoshi, M.; Danhara, T.; Tomiya, A. (2020). “Evolution of the Quaternary silicic volcanic complex of Shiribetsu, Hokkaido, Japan: an example of ignimbrite shield volcanoes in an island arc setting”. International Journal of Earth Sciences 109: 2619-2642. doi:10.1007/s00531-020-01906-9. 

関連項目

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外部リンク

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