小笠原長武

播磨安志藩5代藩主。忠脩系小笠原家10代。従五位下信濃守。小笠原長禎の長男。

小笠原 長武(おがさわら ながたけ)は、播磨国安志藩の第5代藩主。忠脩系小笠原家10代。

 
小笠原長武
時代 江戸時代後期
生誕 文化6年5月16日1809年6月28日
死没 天保10年8月21日1839年9月28日
改名 豊光丸(幼名)、長武
戒名 通源院天質宗光
墓所 兵庫県姫路市安富町安志の大雄山法性寺
官位 従五位下信濃守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉家慶
播磨安志藩
氏族 小笠原氏
父母 父:小笠原長禎、母:不詳
兄弟 長武佐野資行正室、松下之方正室
正室:松平光行の三女・
側室:武田氏
忠幹棟敬
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生涯

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文化6年(1809年)5月16日、第4代藩主・小笠原長禎の長男として生まれる。文政6年(1823年)8月23日、父の隠居により跡を継ぐ。同年12月16日、従五位下・信濃守に叙任する。

天保10年(1839年)(天保11年(1840年)とも)8月21日に死去した。跡を次男の貞幹(のち忠幹と改名)が継いだ。

系譜

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