小泉荘 (大和国)
歴史
編集承保3年(1076年)に曼荼羅寺(随心院の源流となった真言宗寺院)の所領として登場する[1]。荘内の領主が交錯していたのか、正応4年(1291年)には西大寺領、貞和3年/正平21年(1347年)には興福寺大乗院領、応永6年(1399年)には興福寺寺門(寺務)領、長禄2年(1458年)には園城寺円満院領とする記録がある[1]。大乗院の坊官である小泉氏がこの地を本拠としており、その影響力が強かったと思われるが、室町期のこの地域の混乱に巻き込まれる形で明応6年(1497年)には没落する[1]。さらに戦国時代には春日大社領に移っている[1]。
脚注
編集注釈
編集出典
編集参考文献
編集- 橋本初子「小泉荘(四)」『日本史大事典 3 こ-し』平凡社、1993年5月18日、7頁。ISBN 9784582131031。
- 谷山正道「小泉藩」『日本史大事典 3 こ-し』平凡社、1993年5月18日、7頁。ISBN 9784582131031。