安全キャビネット
安全キャビネット[1] (あんぜんキャビネット、biological safety cabinet、BSC[2]、バイオハザード対策用キャビネット[3][4])は、バイオハザードを封じ込めるための箱状の実験設備である。 端的に言えば、排気を滅菌するドラフトチャンバーである。
概要
編集病院の検査室や感染症の研究所、大学の実験室等で病原体や遺伝子組換え生物を取り扱う実験者は、検体の感染症に感染してしまったり、有害な新規生物を漏洩してしまったりする危険がある。 この危険を回避するには、検体に含まれる病原体が実験者側に漏洩しないよう封じ込める必要がある。 安全キャビネットは、ドラフトチャンバーの排気口にHEPA等エアフィルターを取り付け、バイオハザードが箱外に漏出しないようにしたものである。これに滅菌吸気やエアカーテン、隔壁等を加え、無菌操作の便や安全性を高めたものもある(クラスII、クラスIII)。 日本工業規格における規格番号はJIS K 3800である (日本空気清浄協会 & 日本規格協会 2000)。
法規制
編集安全キャビネットは、中〜高度のバイオハザードを取り扱う施設に必須の設備である。 日本では、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)の定める特定病原体等取扱施設の施設要件の一として、厚生労働省 (2007) の基準を満たした安全キャビネットの設置が義務付けられている (厚生労働省 2008, 第十一章) 。 また、遺伝子組換え生物等に関しては遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)によって、安全キャビネットの設置が義務付けられている。
安全キャビネットの製造や販売にあたっては、JIS K 3800 (日本空気清浄協会 & 日本規格協会 2000) とNSF/ANSI Standard 49 (NSF & ANSI 2008) が基準として広く認識されている (日野 2006, pp. 195–196) 。
分類
編集安全キャビネットはその構造により、3種類に分類される (WHO 2004, §10) 。
- クラスI:ドラフト + 排気滅菌(吸気が未滅菌のため、箱内に無菌性はない)
- クラスII:ドラフト + 排気滅菌 + 滅菌吸気エアカーテン
- クラスIII:ドラフト + 排気滅菌 + 滅菌吸気 + 隔壁(グローブボックス)
なお、クラスIIの安全キャビネットとバイオクリーンベンチはともにエアカーテンがあり構造が似ているが、前者は陰圧[5]、後者は陽圧[6]であるうえ (川上 2004) 、排気口にフィルタが付いているとは限らず、安全キャビネットのような法的な規格 (厚生労働省 2007) で漏洩防止は定められていない[7]ため、バイオクリーンベンチでは封じ込めは期待できない[8]ことに注意が必要である。
使用上の注意
編集安全キャビネットの中には、使用しないときに机面や側壁等を殺菌するために、殺菌灯が付いているものがある。これを点灯させたままで作業すると紫外線により皮膚癌や白内障の危険があるので、作業時は必ず消灯すること。
製造業者
編集日本で流通している安全キャビネット(バイオハザード対策用キャビネットと各メーカーは記載)のメーカーとしてエスコ、オリエンタル技研、ダルトン、日本医化器械製作所、日本エアーテック、ハイアール(旧・三洋電機と合弁で設立した旧・三洋ハイアール株式会社。後のハイアール三洋エレクトリック株式会社、ハイアールアジアインターナショナル株式会社)、PHC(旧・三洋電機)[9][10]、日立産機システム、プロックスなどがある(五十音順)。
関連項目
編集脚注
編集- ^ 厚生労働省 2008, 第三十一条の二第十項
- ^ WHO 2004, §10
- ^ 日本空気清浄協会 & 日本規格協会 2000
- ^ ほか別称として、生物学用安全キャビネット (国立感染症研究所 2007, 別表1付表2) 、生物学的安全キャビネット (北村 & 小松 2006, §10) 、安キャビなど。
- ^ 封じ込めを優先し、ある程度のコンタミネーションを許容する。ドラフトは排気によって箱内に気流を吸い込んでいるため、箱内は箱外に比して陰圧となる。
- ^ コンタミ防止が優先で、ある程度の漏洩を許容する。クリーンベンチは給気によって箱内に気流を押し出しているため、箱内は箱外に比して陽圧となる。
- ^ JIS B 9922 (日本空気清浄協会 & 日本規格協会 2001) は給気の清浄度については定めているが、排気の清浄度に関する規定はない。日本空気清浄協会 & 日本規格協会 2000, §4.1.b において、安全キャビネットを使うべき操作をクリーンベンチで行う研究者への批判が述べられている。
- ^ 各社とも保証外であることを取扱説明書に明記している。
- ^ “三洋電機株式会社ヘルスケア事業部門の歴史”. PHC株式会社. 2020年10月1日閲覧。
- ^ “バイオハザード対策用キャビネット(安全キャビネット)”. PHC株式会社. 2020年10月1日閲覧。
参考文献
編集- 川上, 由行 (2004年9月9日), バイオクリーンベンチと安全キャビネット, 質問箱 (04/09/09 ed.), 臨床微生物迅速診断研究会 2008年12月27日閲覧。
- 厚生労働省 (2007年5月31日), “厚生労働大臣が定める安全キャビネット等の規格” (PDF), 厚生労働省告示 平成十九年五月三十一日 (第二百一号) 2017年3月29日閲覧。
- 厚生労働省 (2008年12月26日), 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則(平成十年十二月二十八日厚生省令第九十九号) (平成二〇年一二月二六日厚生労働省令第一八三号 ed.) 2009年1月22日閲覧。
- 国立感染症研究所 (2007年6月29日), 病原体等安全管理規程 (第3版 ed.), オリジナルの2013年2月10日時点におけるアーカイブ。 2008年10月18日閲覧。
- 日本空気清浄協会; 日本規格協会 (2000年3月2日), “バイオハザード対策用クラスIIキャビネット”, in 日本工業標準調査会, 日本工業規格, JIS K 3800 (2000 ed.), 通商産業省 2017年3月29日閲覧。
- 日本空気清浄協会; 日本規格協会 (2001年2月20日), “クリーンベンチ”, in 日本工業標準調査会, 日本工業規格, JIS B 9922 (2001 ed.), 経済産業省 2017年3月29日閲覧。
- 日野, 茂男 (2006), “ウイルス学分野のバイオハザード対策,キャビネットを中心として”, ウイルス (日本ウイルス学会) 56 (2): pp. 193-200, doi:10.2222/jsv.56.193, ISSN 0042-6857 2008年12月28日閲覧。
- NSF; ANSI (2008年4月28日), NSF/ANSI 49-2008; NSF 49 Class II (Laminar Flow) Biosafety Cabinetry (11th ed.) 2008年12月28日閲覧。
- WHO (2004年11月), Laboratory biosafety manual (3rd ed.), ISBN 92-4-154650-6 2008年10月19日閲覧。
- 邦訳:北村, 敬; 小松, 俊彦, eds. (2006年11月11日), 実験室バイオセーフティ指針 (WHO第3版 ed.), バイオメディカルサイエンス研究会 2008年11月3日閲覧。