奥山ひよ
奥山 ひよ(おくやま ひよ、生年不詳 - 天正13年8月6日(1585年8月30日))は、戦国時代の女性。遠江国引佐郡井伊谷の領主・井伊直親の妻[1]。井伊直政の母。
人物
編集井伊家の親類衆である奥山朝利の娘[注釈 1]である。井伊直親との結婚後、祝田村に住む[2]。永禄4年(1561年)に直政を生むが、翌永禄5年(1562年)に直親は朝比奈泰朝の襲撃を受けて殺害され、未亡人となる。その後、直政と共に新野家に身を寄せる。天正2年(1574年)頃、井伊直虎とその母祐椿尼の計らいにより、浜松の武士・松下清景(松下常慶の兄)と再婚する[3][4]。
天正13年(1585年)8月6日、浜松で死去[5]。戒名は永護院殿蘭庭宗徳大姉。菩提は龍潭寺で、墓は直親の隣にある[6]。