大雲寺 (臨汾市)
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大雲寺(だいうんじ)は、中華人民共和国山西省臨汾市堯都区にある仏教寺院。大雲寺には唐代の鉄塔があるので、鉄仏寺とも呼ばれる。
大雲寺 | |
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1940年12月の大雲寺。 | |
基本情報 | |
所在地 | 中国・山西省臨汾市堯都区 |
座標 | 北緯36度04分54秒 東経111度30分08秒 / 北緯36.08167度 東経111.50222度座標: 北緯36度04分54秒 東経111度30分08秒 / 北緯36.08167度 東経111.50222度 |
宗教 | 仏教 |
建設 | |
様式 | 中国伝統建築 |
創設 | 632年 |
完成 | 1715年(再建) |
歴史
編集清の康熙34年(1695年)に地震で倒壊し、康熙54年(1715年)、陳国信が先頭に立って出資し、寺院を再建[1]。
1921年、大雲寺は山西省立第6女子師範学校の所在地となった[2]。1931年4月、中国共産党山西特委はかつて大雲寺に党支部を設立し、支部に十人余りがいた[2]。周恩来はここで働いたことがある[2]。1937年7月、山西省臨汾師範学校は大雲寺に転入し、山西省立第六女師範学校と合併した[3]。1938年1月20日、民族革命大学は大雲寺で創立を宣言した[2]。閻錫山は校長を務めた[2]。
中華人民共和国が成立した後も、大雲寺を臨汾師範学校の所在地としている。その後、大雲寺は臨汾地区展示館に変更された。2006年5月25日、中華人民共和国国務院は大雲寺を全国重点文物保護単位に認定した。2018年9月18日、大雲寺は臨汾鉄仏寺博物館に変更された[4]。
伽藍
編集山門、献亭、中殿、方塔、蔵経閣
脚注
編集出典
編集- ^ a b 王隰斌 (2018年1月3日). “铁佛寺石碣记录康熙年间临汾八级大地震” (中国語). 臨汾新聞 2020年6月7日閲覧。
- ^ a b c d e 亢亞莉 (2017年5月11日). “临汾铁佛寺:周恩来曾在这里吹响抗战号角” (中国語). 臨汾新聞 2020年6月7日閲覧。
- ^ 郭璞; 張象; 張緯; 張佳玲 (2018年10月29日). “山西师范大学临汾学院迎来百年华诞” (中国語). 臨汾新聞 2020年6月7日閲覧。
- ^ 孫宗林 (2020年2月19日). “临汾40余家景区向全国医务工作者免费开放”. 臨汾新聞 2020年4月17日閲覧。
外部リンク
編集ウィキメディア・コモンズには、大雲寺 (臨汾市)に関するカテゴリがあります。