大宮 (大阪市東淀川区)
大阪市東淀川区の神社
大宮(おおみや)は、大阪市東淀川区大道南に鎮座する神社。旧称で大宮神社(おおみやじんじゃ)とも呼ばれる。古くは蔵王権現・牛頭天王・大宮大権現・大宮大明神と呼ばれた。
大宮 | |
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所在地 | 大阪市東淀川区大道南3丁目2-2 |
位置 | 北緯34度44分31.5秒 東経135度32分49.6秒 / 北緯34.742083度 東経135.547111度座標: 北緯34度44分31.5秒 東経135度32分49.6秒 / 北緯34.742083度 東経135.547111度 |
主祭神 | 安閑天皇 |
神体 | 不詳 |
社格等 | 旧村社 |
創建 | 不詳 |
別名 | 大宮神社 |
例祭 | 4月17日、10月22日 |
主な神事 | 歳旦祭・新年祭(初詣)、どんど祭(〆縄・門松を燃す)、節分祭(年豆授与)厄除祈祷、祈年祭、楠稲荷社祭、聖徳太子社祭、春季例大祭・お湯神事、水無月大祓式、夏祭(夏越の祓・茅の輪くぐり)、八幡社祭、日天社祭、秋季例大祭・お湯神事、七五三詣、新嘗祭、鎮火祭、師走大祓式・除夜祭、月首祭、月中祭 |
地図 |
祭神
編集相殿
編集歴史
編集『日本書紀』に 安閑天皇がしばしば当地に行幸、牛を放牧して土地の発展をはかったとあり、後にその遺徳を偲び地主の神、素盞鳴命の社に祭祀したとされるが、定かではない。また、『大正大阪風土記』(1926年)によれば、聖徳太子は初め四天王寺を当地に計画したが、洪水が多いため今の天王寺に建立されたと記している。淀川の改修に伴い境内地が水没または河川敷となるため、明治33年(1900年)に淀川右岸の堤に面した場所から遷座され、現在地に至る。遷座前は杉松の大樹があったとされる。淀川を遡上する船はこの森を目標に進み、灯台の代わりを為しており、大宮大明神とも大宮大権現とも称されていた。また、氏地の大半が河川敷となるかまたは川に沈み、残った地も淀川の右岸と左岸に分断されることとなった。
その後昭和46年(1971年)に淀川左岸の旭区の町名変更に伴い、氏地の橋寺町、豊里町、豊里三番町が太子橋、大宮、中宮、生江と同じくなり、氏地の境目は不鮮明となった。
大阪市に編入される大正14年(1925年)まで、境内のあった土地は西成郡豊里村天王寺庄と称され、氏地である豊里町の名も太子の別称・豊聡耳皇子によるとされる。
境内
編集交通アクセス
編集- Osaka Metro今里筋線だいどう豊里駅より 南東に徒歩3分
出典
編集外部リンク
編集- 大宮(おおみや)(大阪市ウェブサイト)