大台厚生病院
日本の三重県多気郡大台町にある病院
大台厚生病院(おおだいこうせいびょういん)は三重県多気郡大台町にある三重県厚生農業協同組合連合会(JA三重厚生連)が管理運営する病院。
大台厚生病院 | |
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情報 | |
正式名称 | 三重県厚生農業協同組合連合会大台厚生病院 |
前身 |
中央総合病院大台分院 松阪中央総合病院大台分院 |
標榜診療科 | 内科、整形外科、胃腸内科、泌尿器科、眼科、耳鼻いんこう科、皮膚科、脳神経外科 |
許可病床数 |
110床 一般病床:57床 療養病床:53床 |
開設者 |
三重県厚生農業協同組合連合会 (JA三重厚生連) |
管理者 |
三重県厚生農業協同組合連合会 (JA三重厚生連) |
開設年月日 | 1956年(昭和31年)11月 |
所在地 |
〒519-2403 |
位置 | 北緯34度23分51.0秒 東経136度25分4.2秒 / 北緯34.397500度 東経136.417833度座標: 北緯34度23分51.0秒 東経136度25分4.2秒 / 北緯34.397500度 東経136.417833度 |
PJ 医療機関 |
沿革
編集1951年(昭和26年)、南勢開拓農業協同組合が工費約250万円で建設をはじめたが、資金難で開院できずにいた。1956年(昭和31年)6月になって三重県厚生農業協同組合連合会(JA三重厚生連)が約300万円で買い受け、約700万円を投じて大台厚生病院を完成させた[1]。
年表
編集- 1956年(昭和31年)11月10日 - 多気郡大台町佐原457-3に大台厚生病院として開院。翌日より診療開始[1]。
- 1967年(昭和42年)11月30日 - 多気郡大台町佐原63-8へ新築移転[2]。
- 1976年(昭和51年)4月1日 - 中央総合病院大台分院に改称[3]。
- 1977年(昭和52年)6月1日 - 松阪中央総合病院大台分院に改称[4]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 大台厚生病院に改称[5]。
- 1996年(平成8年)5月16日 - 病室や管理棟などの増改築工事の完成式[6]。
- 1999年(平成11年)4月1日 - 訪問看護ステーション「ふるさと」開設[7]。
- 2002年(平成11年)10月29日 - 居宅介護支援事業者指定[8]。
- 2002年(平成14年)10月6日 - 奥伊勢健康センターの開所式[9]。
- 2007年(平成19年)4月30日 - 居宅介護支援事業所廃止[10]。
- 2015年(平成27年)4月1日 - 2012年(平成24年)3月限りで廃校となった三重県立宮川高等学校を取り壊し、跡地に同病院が新たに移転・開院。
診療科
編集交通アクセス
編集自動車
編集公共交通機関
編集脚注
編集- ^ a b 「盛大に開院式 多氣郡大台厚生病院」伊勢新聞 1956年11月11日付 2面
- ^ 「あす完工式 県厚生農協連 大台厚生病院」伊勢新聞 1967年11月29日付 2面
- ^ 昭和51年4月2日 三重県公報 第10441号 1ページ 昭和51年4月2日 三重県告示第221号
- ^ 昭和52年6月3日 三重県公報 第10562号 2ページ 昭和52年6月3日 三重県告示第345号
- ^ 昭和62年5月12日 三重県公報 第11582号 4ページ 昭和62年5月12日 三重県告示第251号
- ^ 「手術室や管理棟新設 大台厚生病院 増改築の完成祝う」中日新聞 1996年5月18日付 朝刊 22面 松阪紀勢版
- ^ 「大台厚生病院 訪問看護ステーション来月発足 在宅介護を応援します 紀勢地域の5町村対象 看護婦3人が担当」中日新聞 1999年3月17日付 朝刊 20面 松阪紀勢版
- ^ 平成11年11月9日 三重県公報 第1111号 4ページ 平成11年11月9日 三重県告示第534号
- ^ 「『在宅福祉の拠点に』 奥伊勢健康センター開所 大台厚生病院」中日新聞 2002年10月8日付 朝刊 16面 松阪紀勢版
- ^ 平成19年7月10日 三重県公報 第1896号 4ページ 平成19年7月10日 三重県告示第512号