夜行さん
概要
編集大晦日、節分、庚申の日、夜行日(陰陽道による忌み日。正月・2月子日、3月・4月午日、5月・6月巳日、7月・8月戌日、9月・10月未日、11月・12月辰日)に現れ、首切れ馬(首のない馬の妖怪)に乗って徘徊する鬼[1]。遭遇してしまった人は投げ飛ばされたり、馬の足で蹴り飛ばされたりしてしまう。そのためかつては、人々は前述の出現日の夜の外出を控えるよう戒められていた。運悪く遭遇してしまった場合は、草履を頭に載せて地面に伏せていると、夜行さんは通り過ぎて行くので、この難から逃れることができるという[2]。
三好郡山城谷村政友(現・三好市)では髭の生えた片目の鬼であり、家の中でその日の食事のおかずのことを話していると、夜行さんが毛の生えた手を差し出すという[3]。また高知県高岡郡越知町野老山(ところやま)付近では夜行さんをヤギョーといい、錫杖を鳴らしながら夜の山道を通るというが、姿形は伝えられていない[4]。
前述のように、一般には夜行さんは首切れ馬に乗っているものといわれるが、夜行さんと首切れ馬は必ずしも対になっているわけではなく、むしろ首切れ馬単独での伝承の方が多い。特に吉野川下流から香川県東部の地域においては、首切れ馬に乗ったこの鬼ではなく、首切れ馬そのもののことを夜行さんと呼び、節分の夜に現れるといわれる[1]。
また徳島県では大晦日、節分の夜、庚申の夜、夜行日などは魑魅魍魎が活動する日とされ、夜歩きを戒める日とされた。元来、夜行日とは祭礼の際に御神体をよそへ移すことをいい、神事に関わらない人は家にこもり物忌みをした。その戒めを破り神事を汚したものへの祟りを妖怪・夜行と呼ぶようになったとの説もある[5]。
他地域での夜行さん
編集東京都八王子市では、夜行さんは首なし馬に姫君が乗る姿で現れる。八王子の昔話によれば、昔、八王子の滝山丘陵にあった高月城が敵軍の襲撃を受けたおりに、城の姫が馬に乗って逃亡するが、馬は敵兵に発見されて首をはねられ、首のないままで疾走し、そのまま天へと昇った。それ以来姫と首なし馬は満月の夜に八王子を徘徊し、その姿を見たものは必ず不幸になるのだという[6]。
近年でも八王子で目撃され[7]、深夜に人気のない通りを後ろから「カポカポ」と蹄がアスファルトを叩く音が背後でするが、振り返るが姿は何も見えないという。また四つ角で、上半身が女、下半身が馬のケンタウロスのような怪物が、右から左へ猛スピードで走り横切るのを見た目撃談が伝えられている[5]。ただしこの八王子の夜行さんは、徳島の伝承の夜行さんとはまったくの別種で、おしら様に類するものとの説もある[8]。
脚注
編集- ^ a b 村上健司編著『日本妖怪大事典』角川書店〈Kwai books〉、2005年7月16日、280-281頁。ISBN 978-4-04-883926-6。
- ^ 民俗学研究所 編『綜合日本民俗語彙』 第4巻、柳田國男監修(改訂版)、平凡社、1977年、1616頁。 NCID BN01022423。
- ^ 武田明「節分」『民間伝承』第3巻第2号、民間伝承の会、1937年10月、7頁、NCID AN00236605。
- ^ 桂井和雄「土佐の山村の妖物と怪異」『旅と伝説』第15巻第6号、三元社、1942年6月、2頁、NCID AN00139777。
- ^ a b 河合清志 編『呪匣 実録怪話集 報告!! 投稿!! 闇に蠢く奇妙なモノたちのすべて!!』一水社〈いずみムック〉、2006年11月、80-81頁。ISBN 978-4-87076-925-0。
- ^ 『八王子のむかしばなし』菊地正監修、八王子市、1988年1月、66-67頁。 NCID BN05859942。
- ^ 目撃時期は一水社『呪匣』で「近年」と記載されているのみで、正確にいつ頃かは記載されていない。
- ^ 山口敏太郎『江戸武蔵野妖怪図鑑』けやき出版、2002年7月、110頁。ISBN 978-4-87751-168-5。