国分象太郎
日本の外交官、朝鮮総督府官僚
国分 象太郎(こくぶ しょうたろう、文久2年8月5日[1](1862年8月29日) - 大正10年(1921年)9月7日[2])は、日本の外交官、朝鮮総督府官僚。
経歴
編集長崎県出身。1882年(明治15年)、朝鮮公使館医院通弁として出仕し[3]、朝鮮公使館二等通訳官[4]、同一等通訳官、同三等書記官[5]、同二等書記官[6]、アメリカ合衆国二等書記官を歴任した[7]。その後、統監府書記官に転じ、統監秘書官を兼ねた[1]。1910年(明治43年)、朝鮮総督府が設置されると人事局長となり、中枢院書記官長を兼ねた[1]。1915年(大正4年)、李王職書記官に転じ[8]、1917年(大正6年)に李王職次官に昇進した[9]。
栄典・授章・授賞
編集- 勲章等
- 外国勲章佩用允許
脚注
編集- ^ a b c 人事興信録 1911.
- ^ 『官報』第2740号、大正10年9月17日。
- ^ 「李王職次官国分象太郎勲章加授ノ件」 アジア歴史資料センター Ref.A10112916900
- ^ 『官報』第3614号、明治28年7月17日。
- ^ 『官報』第4977号、明治33年2月7日。
- ^ 『官報』第5619号、明治35年4月1日。
- ^ 『官報』第5764号、明治35年9月18日。
- ^ 『官報』第798号、大正4年4月2日。
- ^ 『官報』第1334号、大正6年1月16日。
- ^ 『官報』第5848号「叙任及辞令」1902年12月29日。
- ^ 『官報』第7771号「叙任及辞令」1909年5月24日。
- ^ 『官報』第2673号「叙任及辞令」1921年6月29日。
- ^ 『官報』第7475号「叙任及辞令」1908年5月29日。
参考文献
編集- 人事興信所編『人事興信録 第3版』人事興信所、1911年。