和合正治
和合 正治(わごう しょうじ、1917年(大正6年)2月27日[1][2] - 2004年(平成16年)3月7日[1])は、昭和から平成前期の地方公務員、政治家。松本市長(11代:1976年3月 - 1992年3月)、全国市長会副会長、長野県市長会会長[3]。
経歴
編集長野県東筑摩郡本郷村[要出典](現・松本市[1][3])生まれ。1934年(昭和9年)3月、旧制松本中学(現:長野県松本深志高等学校)卒業[1][2][3]。1938年(昭和13年)7月、松本市役所に勤務[1][2][3]。1940年(昭和15年)から1945年(昭和20年)まで満州国委任官副科長を務め[2][3]、1946年(昭和21年)市役所に復職[3]。税務課長、総務課長、財政課長、総務部長を経て[2][3]、1969年(昭和44年)5月に助役就任[1][2][3][4]。
1976年(昭和51年)3月に松本市長に無投票で初当選し[1][2][3]、4期務めた[1]。1992年(平成4年)3月、5選を目指し選挙戦を戦うが、有賀正に敗れ落選した[1]。この間、道路整備、下水道整備、生活福祉の向上、行政の減量化などに取り組んだ[2]。