台渡里官衙遺跡群
台渡里官衙遺跡群(だいわたりかんがいせきぐん)は、茨城県水戸市渡里町にある古代官衙および寺院跡からなる遺跡群。国の史跡に指定されている。指定名称は「台渡里官衙遺跡群 台渡里官衙遺跡 台渡里廃寺跡」[1]。
概要
編集「台渡里官衙遺跡群」は、水戸市渡里町にある3つの遺跡の総称である。国の史跡に指定された遺跡は、台渡里廃寺跡(観音堂山地区・南方地区)と台渡里官衙遺跡(長者山地区)で、指定名称は「台渡里官衙遺跡群 台渡里官衙遺跡 台渡里廃寺跡」である。このうち台渡里官衙遺跡(長者山地区)は常陸国那賀郡の正倉跡。台渡里廃寺跡(観音堂山地区と南方地区)は郡衙周辺寺院である[1]。
2005年7月14日に観音堂山地区と南方地区2つの寺院跡が国の史跡に指定され、2011年9月21日に台渡里官衙遺跡(長者山地区)が追加指定された[1]。
遺構
編集長者山地区の遺跡は東西約300メートル、南北約200メートルの土地に二重の区画溝(堀)をめぐらし、礎石建ての建物が建っていた[1]。
寺院遺跡である観音堂山地区と南方地区は互いに150メートルほど離れている。前者は飛鳥時代の寺院跡であり、これが平安時代初期に焼亡し、後者の寺院に承継されたとみられる[2]。
観音堂山地区は、南北156メートル、東西126メートルの寺地に金堂、講堂、塔、中門。経蔵(または鐘楼)とみられる礎石建物跡が存在する。7世紀後半に創建され、9世紀後半に焼失したとみられる[2]。
南方地区は、南北210メートル以上、東西220から240メートルの寺地に金堂と塔とみられる礎石建物跡が存在する。上記観音堂山地区の寺院が9世紀後半に焼失した後、当地に再建されたが10世紀初頃には造営が中断している。当該寺院は常陸国那賀郡衙の関連寺院とみられる[2]。
文化財
編集国の史跡
編集- 台渡里官衙遺跡群 台渡里官衙遺跡 台渡里廃寺跡
- 2005年(平成17年)7月14日、観音堂山地区・南方地区が「台渡里廃寺跡」として指定。
- 2011年(平成23年)9月21日、長者山地区(台渡里官衙遺跡)を追加指定、「台渡里官衙遺跡群 台渡里官衙遺跡 台渡里廃寺跡」に名称変更。
茨城県指定文化財
編集- 史跡
- 臺渡里廢寺阯 - 指定当初は長者山地区・観音堂山地区・南方地区の各地区の一部10,021平方メートル。国の史跡指定時に一部指定解除(現在は長者山地区の956.01平方メートル)。1965年(昭和20年)7月16日指定[3]。
水戸市指定文化財
編集脚注
編集外部リンク
編集- 台渡里官衙遺跡群 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- 台渡里官衙遺跡群(台渡里官衙遺跡・台渡里廃寺跡) - 茨城県教育委員会
- 台渡里官衙遺跡群(台渡里官衙遺跡・台渡里廃寺跡) - 水戸市ホームページ