古賀義勇
大日本帝国陸軍軍人
古賀 義勇(こが よしお、1873年(明治6年)10月18日 - 1938年(昭和13年)9月24日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
古賀 義勇 | |
---|---|
生誕 |
1873年10月18日 日本 佐賀県 |
死没 | 1938年9月24日(64歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1895年 - 1921年 |
最終階級 | 陸軍少将 |
経歴・人物
編集佐賀県出身[1][2]。1895年(明治28年)陸軍士官学校第6期卒業[1][2]。
1915年(大正4年)8月に高瀬連隊区司令官、1917年(大正6年)8月に陸軍歩兵大佐・歩兵第55連隊長を経て、1921年(大正10年)7月に陸軍少将に昇進と同時に待命、同年11月に予備役に編入した[1][2][3]。
栄典
編集脚注
編集参考文献
編集- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
- 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。