先斗町歌舞練場
京都市中京区にある歌舞練場
先斗町歌舞練場(ぽんとちょうかぶれんじょう)は、1927年(昭和2年)3月[1]に竣工した京都府京都市中京区橋下町130にある先斗町のランドマークとなっている歌舞練場。
先斗町歌舞練場 the Pontocho Kaburenjo | |
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鴨川から見た先斗町歌舞練場 | |
情報 | |
正式名称 | 先斗町歌舞練場 |
完成 | 1927年3月 |
客席数 | 542席 |
設備 |
場内:鴨川をどり・歌舞伎公演・花道・茶道・日本舞踊・コンサート・リサイタル・講演・劇場 その他:休憩所、売店 |
用途 | 鴨川をどりなど |
運営 | 先斗町歌舞会 |
所在地 |
〒604-8003 京都府京都市中京区先斗町通三条下ル |
位置 | 北緯35度00分28.9秒 東経135度46分16.4秒 / 北緯35.008028度 東経135.771222度座標: 北緯35度00分28.9秒 東経135度46分16.4秒 / 北緯35.008028度 東経135.771222度 |
最寄駅 |
京阪本線・京阪鴨東線「三条駅」下車徒歩5分 京都市営地下鉄東西線「三条京阪駅」下車徒歩5分 阪急京都線「河原町駅」下車徒歩10分 |
最寄バス停 | 京阪バス・京都バス・京都市営バス「河原町三条」下車徒歩5分 |
最寄IC | 名神高速道路「京都東IC」下車 |
外部リンク | 鴨川をどり |
歴史
編集1902年(明治35年)6月、平安奠都千百年を記念して木造の初代先斗町歌舞練場が竣工した。
1925年(大正14年)には2代目先斗町歌舞練場の建設に着工し、1927年(昭和2年)3月[2]に竣工した。設計は大林組の木村得三郎であり、木村は大阪松竹座なども手掛けて劇場建築の名手と謳われた建築家である[3][4]。当時は「東洋趣味を加味した近代建築」と賞賛された。
戦後には進駐軍によって接収されたが、1953年(昭和28年)8月に新装開館した。2011年(平成23年)には京都の近代建築を考える会によって「市民が選ぶ文化財」に選ばれた。
建築
編集鉄筋コンクリート造、地上4階・地下1階建て。スクラッチタイルや泰山タイルが用いられた近代建築である。屋根には中国の舞楽面を型取った鬼瓦が守り神として据えてある。
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入口
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外壁
利用
編集鴨川をどりや水明会の会場となっている。邦楽邦舞の発表会、講演会、展示会など幅広く一般の利用が可能[5]。
2016年(平成28年)には改修中であった南座の代わりとして、先斗町歌舞練場にて「京の年中行事當る酉歳吉例顔見世興行東西合同大歌舞伎五代目 中村雀右衛門襲名披露」の公演が行われた[6]。
脚注
編集- ^ “先斗町歌舞練場 - 京都市 - 京都を彩る建物や庭園”. 京都市 文化市民局 文化芸術都市推進室 文化財保護課. 2023年9月11日閲覧。
- ^ “先斗町歌舞練場 - 京都市 - 京都を彩る建物や庭園”. 京都市 文化市民局 文化芸術都市推進室 文化財保護課. 2023年9月11日閲覧。
- ^ 先斗町歌舞練場 大林組
- ^ 先斗町歌舞練場 京都の近代建築を考える会
- ^ 先斗町歌舞練場
- ^ “京の年中行事 當る酉歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 五代目 中村雀右衛門襲名披露”. 歌舞伎美人. 2016年5月1日閲覧。
外部リンク
編集- 京都を彩る建物や庭園 京都市文化市民局
- 京都の近代建築を考える会