仙台市立病院
仙台市立病院(せんだいしりつびょういん)は、宮城県仙台市太白区あすと長町一丁目にある市営の病院である。救急医療、高度医療、臨床研修の3項目を重点施策としている[1]。
仙台市立病院 | |
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情報 | |
英語名称 | Sendai City Hospital |
標榜診療科 | 総合診療科(院内標榜)、内科、感染症・呼吸器内科、消化器内科、循環器内科、神経内科、血液内科、糖尿病・代謝内科、外科、心臓血管外科、脳神経外科、整形外科、形成外科、精神科、小児科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、放射線科、病理診断科、歯科口腔外科、麻酔科 |
許可病床数 |
525床 一般病床:467床 精神病床:50床 感染症病床:8床 |
機能評価 | 一般500床以上:Ver5.0 |
開設者 | 仙台市 |
管理者 | 亀山元信(病院長) |
地方公営企業法 | 全部適用 |
病院事業管理者 | 亀山元信(仙台市病院事業管理者) |
開設年月日 | 1930年(昭和5年)2月 |
所在地 |
〒982-8502 |
位置 | 北緯38度13分54.4秒 東経140度53分17.1秒 / 北緯38.231778度 東経140.888083度座標: 北緯38度13分54.4秒 東経140度53分17.1秒 / 北緯38.231778度 東経140.888083度 |
二次医療圏 | 仙台 |
特記事項 |
敷地面積: 35,018 m2 病院本館建築面積: 8,270 m2 |
PJ 医療機関 |
概要
編集病院事業管理者と院長は別に設置されている(ただし、2016年4月より、当面は院長が病院事業管理者を兼務する人事が発令されている)。副院長は同月時点で4名制だが、うち1名は医師ではなく看護師(看護部長)を充てている。条例により、医療管理監と理事を置くことができるが、2016年4月現在は空席となっている(副院長も条例上設置できる役職とされており、定数は定められておらず、同様に空席とすることも可能)。
市病院事業出納取扱金融機関は、七十七銀行荒町支店(2014年4月現在)となっており、同行荒町支店および同行本支店(原則、宮城県外を含む全店舗)並びに収納取扱金融機関(仙台市所在の拠点に限る。市外の拠点は、取次扱いないしは指定口座への振り込みで対応)での医療費支払いが可能である[2]。
沿革
編集1930年(昭和5年)1月、仙台市東二番丁にあった旧裁判所庁舎を利用しての診療が開始された[3]。1939年(昭和14年)には、鉄筋コンクリート建築による地上5階、地下1階の新館(170床、5,211m2)が竣工。後に増床も行われたが、第二次世界大戦末期の仙台空襲によってその大部分を焼失した[3]。
戦後に新館を改修、また増築を繰り返し、1958年(昭和33年)には総合病院に指定された[3]。1966年(昭和41年)には、救急処置施設を含む新館(2,695m2)が開業。同年、仙台市病院事業の設置等に関する条例(昭和41年12月26日仙台市条例第40号)が制定された。
1974年(昭和49年)11月に移転した三島学園[注 1] の跡地(五橋地区)に、地上10階、地下1階建ての新病院(病床数497、32,723m2)を建設し、1980年(昭和55年)3月に移転・開院した[3][注 2]。
2006年(平成18年)には、全国の自治体病院に先駆けてのDPC(診断群分類包括評価)対象病院となった[1]。
2013年(平成25年)11月より、紹介制外来の完全導入(小児科と救急については一部例外あり)に伴い[4]、開業医等からの診療情報提供書のない患者の新患については、 「非紹介患者加算」の点数が加えられることになった(当該加算分は、健康保険の適用対象外であるため、健康保険証の提示があっても10割負担となる)。
2014年(平成26年)11月1日、長町副都心のあすと長町に移転した[5][6][7]。
あすと長町移転
編集五橋地区の敷地・建物の狭隘化、設備面での老朽化等の問題があり、また、1999年度(平成11年度)に行われた耐震診断では大規模地震時に支障なく診療を行うことが不可能であると判断された[8]。2003年(平成15年)9月に現地での大規模耐震化工事を断念し、2004年(平成16年)1月に移転・新築の方針が打ち出された[8]。
一方、1998年(平成10年)2月に都市計画決定された仙塩広域都市計画事業「仙台市長町副都心土地区画整理事業(約91.1ha)」(2005年(平成17年)6月14日以降は「仙台市あすと長町土地区画整理事業(約82.0ha)」)[9] の第1街区内に建設予定だった(仮称)仙台市音楽堂(以下「音楽堂」)[注 3][10][11] が、市の財政難を理由に2002年(平成14年)に無期限凍結された[12]。総額1189億円の巨大事業であるあすと長町において、集客の目玉施設だった音楽堂が頓挫する中[13]、プロ野球再編問題(2004年)の結果、新規参入する東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地・仙台が連日の報道で全国の注目を集めた。すると2005年(平成17年)4月12日、中国浙江省の投資ファンド・中瑞財団があすと長町に「仙台空中中華街」を建設する構想が明らかになった[14]。同施設は延床面積が5万6800m2で[14]、(1997年開業当時)東北最大級の規模を誇るショッピングセンターとして開業したザ・モール仙台長町(パートI)の8万5000m2[15] に伍する規模の集客施設であり、仙台の「レッドバブル」の象徴の1つとなった。 しかし、2006年(平成18年)2月22日、梅原克彦仙台市長は「仙台空中中華街」構想に反対を表明[16]。同日、音楽堂建設予定地を市立病院の移転先とする方針が示された(同年10月19日に正式決定)[8][11]。
あすと長町への市立病院移転に対し、仙台市議会からは交流人口を創出する施設にはなり得ないとの指摘があった[13]。2007年(平成19年)5月18日、あすと長町の都市計画が変更され、音楽堂は廃止[9]。市立病院建設予定地(旧・音楽堂建設予定地)ではシルク・ドゥ・ソレイユがテント劇場「仙台・新ビッグトップ」を仮設し、同年に「ドラリオン」仙台公演、2010年(平成22年)に「コルテオ」仙台公演を開催した(両公演とも約17万人を集客)[注 4][17][18][19][20][21][22][23][24]。
建設予定地での興行による交流人口創出と並行して、2007年(平成19年)の「新仙台市立病院基本構想」、2009年(平成21年)に「新仙台市立病院基本計画」、2010年(平成22年)には「新仙台市立病院基本設計」が発表された[25]。そして2011年(平成23年)12月に新病院が着工。当初は2014年(平成26年)夏の移転・開院を予定していたが、東日本大震災の復興特需による深刻な生コン不足や建設作業員不足により工事に遅れが生じたため、速乾性のコンクリートを使うことで遅れを最小限に留める努力をした[26]。結局、数ヶ月遅れで11月1日に移転・開院に漕ぎ着けた[26]。総事業費は、用地取得費用も含めて325億円[27](総工費は厚生棟などを含めて175億7300万円[28])。
移転に伴って院内学級は、中学校が仙台市立五橋中学校から仙台市立郡山中学校に、小学校が仙台市立荒町小学校から仙台市立八本松小学校に移管された。
なお、最寄の地下鉄駅となる長町一丁目駅に南2出入り口を新設し[29]、8月11日正午に供用開始となった。
あすと長町移転後、五橋の旧病院では、テレビ東京開局50周年特別企画『松本清張「黒い画集 -草-」』(2015年3月25日21:00より放送)[30] のロケーション撮影が実施された[31]。五橋の跡地の一部は仙台市地下鉄南北線五橋駅の駐輪場になっている[32]。
年表
編集- 1930年(昭和5年)2月1日 - 東二番丁にて開院(北緯38度15分51.3秒 東経140度52分19.4秒 / 北緯38.264250度 東経140.872056度)
- 1945年(昭和20年)7月10日 - 仙台空襲により本館1,2,3階を残して焼失
- 1958年(昭和33年)4月16日 - 総合病院の名称許可
- 1964年(昭和39年)
- 1966年(昭和41年)3月1日 - 救急処置施設を含む新館開設
- 1980年(昭和55年)3月30日 - 五橋にて新病院の新築工事竣工(北緯38度15分3.2秒 東経140度52分53.6秒 / 北緯38.250889度 東経140.881556度)
- 1981年(昭和56年)7月7日 - 総合病院の名称許可
- 1982年(昭和57年)2月18日 - 厚生省より臨床研修を行う病院に指定
- 1987年(昭和62年)7月15日 - 仙台市地下鉄南北線が開業し、最寄駅の五橋駅と当院とが直結。
- 1989年(平成元年)
- 1991年(平成3年)4月24日 - 救急センター(現在の救急救命センター)開設
- 1993年(平成5年)7月1日 - 老人性痴呆疾患センター(現在の認知症疾患センター)外来診療開始
- 1997年(平成9年)4月 - 院内に仙台市立五橋中学校および仙台市立荒町小学校の院内学級開所[33]。
- 2011年(平成23年)
- 3月11日 - 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生。電気・上水道・都市ガスが停止し、暖房も停止した[34]。院内の負傷者は打撲の2名のみだったが、建物の壁剥離、駐車場の舗装亀裂などの被害が多数発生した[34]。非常電源を作動し、救命救急センターは24時間対応の診療体制を継続した[34]。
- 3月12日 - 内科・外科・小児科に限って一般外来診療実施[34]。電源が復旧し、給水も再開[34]。しかし、ボイラー煙突が根元から折れているのが見つかり、落下する危険性があるため院内に立入制限区域を設定した[34]。
- 3月14日 - 精神科・麻酔科を除く診療科まで広げて一般外来診療実施[34]。
- 3月16日 - 「患者さま問合せデスク」設置[34]。
- 3月18日 - 救命救急センターの暖房と給湯復旧[34]。
- 3月19日(土)~21日(月・祝) - 3連休においても、内科と小児科の一般外来診療を午前3時間のみ実施[34]。
- 3月22日 - 全診療科での一般外来診療実施[34]。
- 3月23日 - 都市ガス復旧[34]。
- 3月28日 - 一般外来診療が通常体制に復帰し、予約診療も再開[34]。
- 3月31日 - 院内立入制限区域を全面解除[34]。
- 4月4日 - 「患者さま問合せデスク」の運用を終了[34]。
- 12月 - あすと長町で新病院の建築準備工事着工
- 2012年(平成24年)1月27日 - あすと長町で新病院の建築着工[35]。
- 2014年(平成26年)
- 7月15日 - あすと長町で新病院工事竣工[36]。
- 8月11日正午 - 新病院の最寄駅となる仙台市地下鉄南北線・長町一丁目駅に新設された南2出入口が供用開始。
- 10月11日・12日 - 新病院の一般向け内覧会を実施[37]。
- 10月29日(水) - 五橋の病院での外来診療を終了
- 11月1日(土) - あすと長町(太白区あすと長町一丁目1番1号、北緯38度13分54.4秒 東経140度53分17.1秒)の新病院に移転[5]
- 11月2日(日) - 仙台市急患センター(若林区舟丁64-12、仙台市医師会館1階)の小児科部門に限り診療を午前7時に終了し、午前9時45分より新病院に併設された「仙台市夜間休日こども急病診療所」に同部門を移転、診療開始[38]。
- 11月4日(火) - 新病院での外来診療を開始[5](11月3日が文化の日で休みだったため)。
診療科
編集付属施設
編集- 救命救急センター
- 認知症疾患医療センター
医療機関の指定等
編集- 保険医療機関
- 救急告示医療機関
- 労災保険指定医療機関
- 災害拠点病院
- 臨床研修指定病院
- エイズ治療拠点病院
- DPC対象病院
- 第二種感染症指定医療機関
- 地域周産期母子医療センター
- 産科医療補償制度加入施設
院内施設
編集交通
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 東北生活文化大学や東北生活文化大学高等学校などを運営している学校法人。
- ^ 東二番丁の旧病院跡地は、仙台第一生命タワービルディングとなった。
- ^ 1800席のクラシック専用ホールを備えた施設、敷地面積:約3ha。
- ^ シルク・ドゥ・ソレイユの仙台公演は毎回、太白区で開催されている。このうち「ドラリオン」と「コルテオ」が、市有地である新病院建設予定地(旧・音楽堂建設予定地)に仮設されたテント「仙台・新ビッグトップ」(北緯38度13分55.5秒 東経140度53分18秒 / 北緯38.232083度 東経140.88833度)で開催された。また、「オーヴォ」と「トーテム」が新病院斜め向い(杜の広場を一部占有)に仮設されたテント「仙台ビッグトップ」(北緯38度13分47秒 東経140度53分18.5秒 / 北緯38.22972度 東経140.888472度)で開催された(「クーザ」は震災の影響で中止)。
シルク・ドゥ・ソレイユ仙台公演(2017年時点) 演題 期間 公演回数 来場者数 開催場所 ファシナシオン 1992年8月19日~23日 全10公演 仙台市体育館 ドラリオン 2007年5月23日~7月8日 全63公演 17万4400人 仙台・新ビッグトップ
(新病院建設予定地)コルテオ 2010年4月21日~6月6日 全64公演 17万3200人 クーザ 2012年4月19日~6月3日 全64公演 東日本大震災のため中止 オーヴォ 2015年4月23日~6月7日 全64公演 13万1900人 仙台・ビッグトップ
(新病院斜め向い)トーテム 2017年4月6日~5月21日 全64公演 13万2900人
出典
編集- ^ a b 院長あいさつ(仙台市立病院 2014年7月22日閲覧)
- ^ “医療費の支払いについて”. 仙台市立病院 2014年7月22日閲覧。
- ^ a b c d 病院の沿革(仙台市立病院 2014年7月22日閲覧)
- ^ “平成25年11月から小児科を除くすべての診療科が 『紹介制外来』になりました”. 仙台市立病院 2014年7月22日閲覧。
- ^ a b c 山内真弓(2014年11月5日). “新・仙台市立病院:外来診療始まる 電光掲示板設置、診察の利便性向上”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
- ^ 仙台市政だより (2014年4月1日). “仙台市立病院が11月1日に開院します” (PDF). 仙台市. 2014年7月22日閲覧。
- ^ “新仙台市立病院が完成 患者、機器移し11月開業 あすと長町”. 河北新報. (2014年7月17日) 2014年7月22日閲覧。
- ^ a b c 病院整備の経緯について(仙台市立病院)
- ^ a b あすと長町(仙台市)
- ^ 東北開発促進計画(第5次)フォローアップ調査(参考資料:H18.1)より (PDF) (国土交通省東北地方整備局)
- ^ a b 仙台市立病院 長町・音楽堂用地に移転(河北新報 2006年2月22日)
- ^ 音楽堂構想断念せず 仙台市長「遠くない将来に実現」(河北新報 2006年9月23日)
- ^ a b 期待と不安 あすと長町、街開きまで1年 仙台(河北新報 2006年4月16日)
- ^ a b 仙台に「中華街」計画 2007年完成 中国企業(河北新報 2005年4月13日)
- ^ ザ・モール仙台長町【宮城】(フジタ)
- ^ 梅原仙台市長 中華街構想協力を撤回(河北新報 2006年2月23日)
- ^ 週報 No.34 (PDF) (仙台南ロータリークラブ 2015年3月25日)
- ^ シルク・ドゥ・ソレイユ『ダイハツ ドラリオン』(イープラス)
- ^ シルク・ドゥ・ソレイユ『ダイハツ コルテオ』(イープラス)
- ^ 東海テレビ放送 社長記者会見 【発表資料】 (PDF) (東海テレビ放送 2011年3月9日)
- ^ シルク・ドゥ・ソレイユ『ダイハツ オーヴォ』仙台公演(キョードー東北)
- ^ ダイハツ オーヴォ 仙台公演(オフィシャルサイト フジテレビジョン)
- ^ 「オーヴォ」 仙台公演閉幕(河北新報 2015年6月8日)
- ^ 「トーテム」フィナーレに喝采 宮城(産経新聞 2017年5月23日)
- ^ 新病院について(仙台市)
- ^ a b 仙台市立病院、11月開院 長町に移転(河北新報 2014年02月04日)
- ^ 来月開院、現地で祝う 新仙台市立病院式典(河北新報 2014年10月6日)
- ^ 新仙台市立病院 報道機関にお披露目(河北新報 2014年8月5日)
- ^ “長町1丁目駅に出入り口を新設 仙台市地下鉄”. 河北新報. (2014年7月23日) 2014年7月23日閲覧。
- ^ 開局50周年特別企画『松本清張「黒い画集 -草-」』(テレビ東京)
- ^ 陣内 こん身壁ドン 剛力「怖っ」 テレ東開局50周年ドラマ「黒い画集-」会見(中日スポーツ 2015年2月24日)
- ^ “地下鉄五橋駅の駐輪場オープン 仙台市、南北線全駅への整備完了”. 河北新報. 2022年7月12日閲覧。
- ^ 教育の特色(仙台市立荒町小学校)
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 地震に関する当院の対応について(仙台市立病院)
- ^ 仙台市総務企画部広報課 『仙台市政だより』 2012年3月号7頁。
- ^ 仙台市総務企画部広報課 『仙台市政だより』 2014年8月号4頁「新仙台市立病院が完成」。
- ^ 新仙台市立病院が開院します(仙台市「市政だより」 2014年10月号)
- ^ 仙台市急患センター(公益財団法人仙台市救急医療事業団)
- ^ 仙台市夜間休日こども急病診療所(仙台市)
- ^ 市立病院移転新築事業に係る事後調査報告書(第1回)(仙台市) … 五橋の病院の駐車場は206台。
- ^ 本体建築は大林JV 工事6件落札決定 宿舎棟は来年度以降発注(仙台市立病院移転新築)(日刊建設新聞 2011年12月15日)
関連項目
編集外部リンク
編集- 仙台市立病院 - 仙台市
- 仙台市夜間休日こども急病診療所 - 公益財団法人仙台市救急医療事業団
- 仙台市救急ステーション - 仙台市
- カフェレストラン けやきのもり