京都府立医科大学医療技術短期大学部
廃止された大学
京都府立医科大学医療技術短期大学部(きょうとふりついかだいがくいりょうぎじゅつたんきだいがくぶ、英語: College of Medical Technology, Kyoto Prefectural University of Medicine[1])は、京都府京都市上京区清和院口寺町東入中御霊町410に本部を置いていた日本の公立大学である。1993年に設置され、2005年に廃止された。大学の略称は医短。学生募集は2001年度まで。現在は、京都府立医科大学医学部看護学科となっている。
京都府立医科大学医療技術短期大学部 | |
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大学設置 | 1993年 |
創立 | 1889年 |
廃止 | 2005年 |
学校種別 | 公立 |
設置者 | 京都府 |
本部所在地 | 京都府京都市上京区清和院口寺町東入中御霊町410 |
学部 | 看護学科 |
研究科 |
保健学専攻 助産学専攻 |
概要
編集大学全体
編集教育および研究
編集- 京都府立医科大学医療技術短期大学部は看護教育に特化した短大であり、附属病院での臨床実習も行われていた。
学風および特色
編集沿革
編集(出典:京都府立医科大学医学部看護学科沿革)
- 1889年 京都府医学校附属産婆教習所が創設される。
- 1896年 京都府医学校附属看護婦養成所が創設される。
- 1901年 上記2学校が京都府立医学校附属産婆教習所・看護婦教習所となる。
- 1903年 京都府立医学専門学校附属産婆看護婦教習所に改組。
- 1924年 京都府立医科大学附属産婆看護婦教習所に改組。
- 1946年 京都府立医科大学附属厚生女学部に改組される。
- 1949年 京都府立医科大学附属甲種看護婦学院に改組。
- 1951年 京都府立医科大学附属乙種看護婦学院が併設される。近畿保健婦専門学校が併設される。
- 1952年 京都府立医科大学附属甲種看護婦学院が看護婦学院に改称。准看護婦学院が併設される。
- 1964年 京都府立医科大学附属看護学院に名称変更。
- 1965年 近畿保健婦専門学校が京都府立保健婦専門学校に変更。
- 1976年 京都府立医科大学附属看護学院が京都府立医科大学附属看護専門学校に改組され、専修学校に移行される。
- 1983年 京都府立医科大学附属看護専門学校に助産学科を置く。
- 1993年 旧来の京都府立医科大学附属看護専門学校を発展改組して、京都府立医科大学医療技術短期大学部看護学科を置く:在学者数は女子99となっている[2]。
- 1995年 初めて男子が入学する[3]。
- 1996年 専攻科設置される[4]。
- 保健学専攻
- 助産学専攻
- 2001年 学生募集が最後となる。翌年度以後、京都府立医科大学へ。
- 2005年 廃止される。
基礎データ
編集所在地
編集- 京都府京都市上京区清和院口寺町東入中御霊町410
教育および研究
編集組織
編集学科
編集- 看護学科
専攻科
編集- 保健学専攻
- 助産学専攻
別科
編集- なし
取得資格について
編集研究
編集学生生活
編集部活動・クラブ活動・サークル活動
編集- 京都府立医科大学医療技術短期大学部で活動していたクラブ活動:短期大学独自のクラブとしてはバレーボール・漕艇・華道・茶道ほか「保健医療を考える会」と称した団体組織などがあった。ほか、医大のクラブにも入部した人もいた[5]。
学園祭
編集- 京都府立医科大学医療技術短期大学部の学園祭は「トリアス祭」と呼ばれ例年、11月上旬頃に医大と合同で行われていた。
大学関係者と組織
編集大学関係者一覧
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施設
編集キャンパス
編集対外関係
編集系列校
編集卒業後の進路について
編集就職について
編集- 専門職に就く人が大半で実績として京都府立医科大学附属病院をはじめとした医療機関がある。
編入学・進学実績
編集- 看護学科卒業生は、京都府立医科大学医療技術短期大学部専攻科へ進学していた様子。