久居八幡宮

三重県津市久居二ノ町にある神社

久居八幡宮(ひさいはちまんぐう)は、三重県津市久居二ノ町にある神社本殿の建築様式は神明造、社殿破風(唐破風)向拝寄棟造。2020年までの名称は野邊野神社(野辺野神社、のべのじんじゃ)。

久居八幡宮

地図
所在地 三重県津市久居二ノ町1855
位置 北緯34度40分32秒 東経136度28分23秒 / 北緯34.67556度 東経136.47306度 / 34.67556; 136.47306 (久居八幡宮)座標: 北緯34度40分32秒 東経136度28分23秒 / 北緯34.67556度 東経136.47306度 / 34.67556; 136.47306 (久居八幡宮)
主祭神 応神天皇
社格 旧村社
創建 1670年(寛文10年)
本殿の様式 神明造
別名 野邊野神社(1908年‐2019年)
例祭 10月20日
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久居八幡宮の位置(三重県内)
久居八幡宮
久居八幡宮
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祭神

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歴史

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久居八幡宮は、元々久居藩領内の小戸木村に鎮座されていた八幡宮が1670年(寛文10年)に久居藩初代藩主藤堂高通の命により御殿の鬼門の方位に当たる現在の地に遷され、久居八幡宮として鎮座したのが始まり。

明治維新廃仏毀釈によって、合祀は三重県では特に著しく、県内の神社は9分の1以下になり、万町鎮座の愛宕神社、西鷹跡町鎮座の久居神社・外21社が久居八幡宮に合祀され、また社名は土地の旧名に因んで野邊野神社(野辺野神社)に改称された。

廃藩後も毎年一月一日には久居藩藩主の久居藤堂家、二日には津藩藩主の藤堂家から幣帛が奉られ、1906年(明治39年)に神饌幣帛料供進神社に指定され、社格として村社に列せられた。

大東亜戦争の終戦とともに社格が廃止され、津市では空襲があったが久居では戦災を免れた。但し、久居出身の戦没者をしのび、1966年(昭和41年)4月に久居英霊殿が造営された。また、神域での教育環境が幼児期に最良と考え、1969年(昭和44年)にのべの幼稚園を開園した。

2020年(令和2年)には御鎮座350年を記念して、社名が野邊野神社から久居八幡宮に復された。

主な施設

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現地情報

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所在地
交通アクセス

外部リンク

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