丸保山古墳
大阪府堺市堺区北丸保園にある古墳で、大仙陵古墳の陪塚と考えられている。
丸保山古墳(まるほやまこふん)は、大阪府堺市堺区北丸保園に所在する古墳(前方後円墳)である。百舌鳥古墳群の中の一基であり、すぐ近くにある大仙陵古墳の陪塚と考えられている。国の史跡に指定され、世界文化遺産 百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群- の構成資産の一部として登録されている。
丸保山古墳 | |
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丸保山古墳(2007年) 国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成 | |
所属 | 百舌鳥古墳群 |
所在地 | 大阪府堺市堺区北丸保園 |
位置 | 北緯34度34分1.9秒 東経135度29分7.8秒 / 北緯34.567194度 東経135.485500度座標: 北緯34度34分1.9秒 東経135度29分7.8秒 / 北緯34.567194度 東経135.485500度 |
形状 | 前方後円墳 |
規模 | 墳丘長87m |
築造時期 | 5世紀 |
史跡 | 国の史跡 |
特記事項 | 後円部宮内庁管理 |
地図 |
概要
編集大仙陵古墳外堀西側近傍にあり、墳丘主軸線は、大仙陵古墳墳丘主軸線と同一方向を指向していること[1]、および、位置関係から、大山陵古墳の陪塚と考えられている[2]。また、すぐ西側に円墳の菰山塚古墳があり、また南側には、かつて古墳様の高まりがあり、これらも陪塚と考えられる[3]。大きさは墳丘長87m、後円部直径60m、後円部高さ9.8m、前方部幅40m、前方部高さ2.7m。形状は、帆立貝形古墳で前方部は短く南向きで、1955年(昭和30年)に開墾により削られ低くなっているが[4]、後円部は2段に築かれ、周囲には濠がある[2]。帆立貝形古墳としては百舌鳥古墳群の中で最大の規模を誇る[2]。埋葬施設の構造や副葬品の内容などは判明していないが、採集された円筒埴輪片から5世紀後半頃に築造されたと考えられている[2]。後円部は宮内庁が、前方部と周濠は堺市が管理している[2]。
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前方部が削られ(手前)、後円部(奥の林)より、1段低くなっている。
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前方部から後円部方向を見た墳丘右側の濠は、現状、空濠となっている。
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後円部墳丘主軸あたりから見た墳丘左方の濠
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後円部側から前方部側を見た、墳丘左側の濠
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後円部左側の、くびれ部周辺と濠
規模
編集古墳の規模は以下の通り[3]。
- 墳丘長87メートル
- 後円部直径60メートル、高さ9.8メートル
- 前方部幅40メートル、高さ2.7メートル
文化財
編集国の史跡
編集史跡:百舌鳥古墳群を構成する19古墳のうちの一つとして、史跡に指定されている。
世界遺産
編集2019年(令和元年)7月6日に世界文化遺産 百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群- を構成する百舌鳥古墳群の構成資産の一部として登録されている[9][10][11]。
脚注
編集- ^ “丸保山古墳/構成資産”. 文化庁. 2021年11月14日閲覧。
- ^ a b c d e 古墳群 2014, p. 15.
- ^ a b “丸保山古墳”. 堺市役所文化観光局文化部文化財課. 2021年11月14日閲覧。
- ^ “丸保山古墳”. (公社)堺観光コンベンション協会. 2021年11月14日閲覧。
- ^ “百舌鳥古墳群/史跡名勝天然記念物/国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2021年11月14日閲覧。
- ^ “百舌鳥古墳群/史跡名勝天然記念物/国指定文化財等データーベース”. 文化庁. 2021年11月18日閲覧。
- ^ “御廟山古墳内濠”. 堺市役所 文化観光局 文化部 文化財課. 2021年11月20日閲覧。
- ^ “ニサンザイ古墳内濠”. 堺市役所 文化観光局 文化部 文化財課. 2021年11月20日閲覧。
- ^ “世界遺産/文化遺産オンライン”. 文化庁. 2021年11月14日閲覧。
- ^ “世界遺産/百舌鳥・古市古墳群―古代日本の墳墓群/国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2021年11月14日閲覧。
- ^ “百舌鳥エリア古墳リスト/百舌鳥・古市古墳群”. 百舌鳥・古市古墳群世界遺産保存活用会議. 2021年11月14日閲覧。
参考文献
編集- 松村隆文 『日本古墳大辞典』 株式会社東京堂出版 1989年 541頁
- 堺市文化観光局文化部文化財課 編集『百舌鳥古墳群 -堺の文化財- 第7版』堺市文化観光局文化部文化財課、2014年。