中島由夫
現代美術家
略歴
編集- 1940年 - 埼玉県に生まれ。
- ゴッホに憧れ、11歳から画家を目指す。16歳で糸井貫二(ダダカン)と出会い、糸井の協力を得て1962年4月に初個展を開催(東京電力サービスセンター/目黒)[1]。武蔵野美術大学、明治学院大学で学んだ後、ヨーロッパの諸大学(ロッテルダム美術大学、アントワープ王立アカデミー)でさらに学びスウェーデンのバーランド芸術大学を卒業。
- コブラ (芸術運動)、プロボ (芸術運動)に積極的に参加する。
- 現在、画廊をスウェーデンに移し活動中。「北欧の太陽」を作品にすることが多い[2]。
作品
編集- 日本では埼玉県立近代美術館、笠間日動美術館、人間総合科学大学などで作品が展示されている。
- 海外ではアントワープ王立美術館、ストックホルム近代美術館、オークランド美術館、ベルリンナショナルギャラリー、ニューヨーク大学など世界中の100箇所以上にのぼる場所で作品が展示されている。
- 主な作品 - 「サンセット サンライズ」、「グリーンサン」、「もうひとつの太陽」、「白夜」、「白夜A」、「白夜B」、「白夜C」、「北国の春」、「太陽の光」、「光の花」、「地上からの愛」など。
脚注
編集- ^ 中島由夫 (2017). “「《インタヴュー》やるか,やらないか(だったら,やっちゃえ!) 中島由夫青春譜[Ⅰ]」(聞き手:細谷修平+中西レモン)”. 月刊あいだ 233号.
- ^ TOKYO“WAI-GAYA”VILLAGE 「中島由夫記念美術館(in スウェーデン)」