不完全遺伝子系統仕分け

不完全遺伝子系統仕分け(ふかんぜんいでんしけいとうしわけ、Incomplete lineage sorting[1][2][3][4]またはdeep coalescence, retention of ancestral polymorphism, or trans-species polymorphism)とは、祖先集団で遺伝子多型が存在する場合に、その遺伝子が種が分岐する以前に分岐していたり、種分化の途中で多型対立遺伝子のどちらかが失われたりする現象である[5]不完全な系統仕分けなどども呼ばれる[6]。この現象により、単一の遺伝子によって生成された系統樹は、個体群またはレベルの系統樹とは異なり、不一致な系統樹が生成されてしまう。種の系統樹の連続するノード間で保持された遺伝子多型の不完全仕分けによって引き起こされる影響は、hemiplasyと呼ばれる。メカニズムがどうであれ、結果として、生成された種レベルの系統樹は、評価に使う選択された遺伝子によって異なる可能性がある[7][8]。逆に、遺伝子によって生成された系統樹が、個体群または種レベルの系統樹と同じである現象を、「完全遺伝子系統仕分け(complete lineage sorting)」という。どちらも系統分析の一般的な結果だが、遺伝子生物、およびサンプリング手法によって結果は異なる。

不完全遺伝子系統仕分けの概念図。G0,G1が対立遺伝子を示す。

現生人類集団での例

編集
 
出アフリカをしたY染色体ハプログループは不完全遺伝子系統仕分けを示す。
 
Y染色体ハプログループの拡散と人種

現生人類出アフリカ後、アラビア半島の縁を経由してイラン付近に至り、そこから南ルート(インドを経由して東南アジアオーストラリアオセアニアへ)、北ルート(アルタイ山脈付近を経由して北アジア東アジア東南アジアオセアニアアメリカへ)、西ルート(西アジアを経由してヨーロッパ北アフリカへ)の3方向に拡散し、それぞれ南アジア人、オセアニア人東ユーラシア人西ユーラシア人を形成した[9][10]。それぞれのルートにおけるY染色体ハプログループおよびミトコンドリアDNAハプログループはその系統に関係なく3分されており、これは各人種における不完全遺伝子仕分けの顕著な例である。

移動ルート 集団 Y染色体
非出アフリカ アフリカ人 A, B, D2, E
南ルート 南アジア人オセアニア人 C1a1, C1b2, D1, F, K, MS, H, L
北ルート 東ユーラシア人 C2, N, O, Q
西ルート 西ユーラシア人 C1a2, I, J, G, R, T
Y染色体アダム

A(A00~A3(側系統)) 非出アフリカ

 BT 

B 非出アフリカ

 CT 
 DE 
 D 

D1 南ルート

D2 非出アフリカ

E 非出アフリカ

 CF 
 C 
 C1 
    

C1a1 南ルート

C1a2 西ルート

C1b2 南ルート

C2 北ルート

 F 

F*, F2 南ルート

G 西ルート

H 南ルート

 IJK 

IJ(I,J) 西ルート

 K 

K* 南ルート

 K1 

L 南ルート

T 西ルート

 K2 

MS 南ルート

NON,O) 北ルート

 P 

Q 北ルート

R 西ルート

言語学への適用

編集

Jacques and List(2019)[11]は、不完全遺伝子系統仕分けの概念を適用して、言語進化における非系統樹的な現象を説明できることを示している。歴史言語学における系統樹モデルに異議を唱えるモデルである歴史的グロットメトリー英語版を支持するKalyan&François(2019)は、「不完全系統仕分けを考慮すれば、歴史的グロットメトリー英語版は系統樹モデルに反するものではない[12]」としている。

脚注

編集
  1. ^ Simpson, Michael G (2010-07-19). Plant Systematics. ISBN 9780080922089. https://books.google.com/books?id=dj8KRImgyf4C&pg=PA652 
  2. ^ Kuritzin, A; Kischka, T; Schmitz, J; Churakov, G (2016). “Incomplete Lineage Sorting and Hybridization Statistics for Large-Scale Retroposon Insertion Data”. PLOS Computational Biology 12 (3): e1004812. Bibcode2016PLSCB..12E4812K. doi:10.1371/journal.pcbi.1004812. PMC 4788455. PMID 26967525. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4788455/. 
  3. ^ Suh, A; Smeds, L; Ellegren, H (2015). “The Dynamics of Incomplete Lineage Sorting across the Ancient Adaptive Radiation of Neoavian Birds”. PLOS Biology 13 (8): e1002224. doi:10.1371/journal.pbio.1002224. PMC 4540587. PMID 26284513. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4540587/. 
  4. ^ 植物発生進化学:読む植物図鑑 Plant Development and Evolution
  5. ^ Maddison, Wayne P. (1997-09-01). Wiens, John J.. ed. “Gene Trees in Species Trees”. Systematic Biology (Oxford University Press (OUP)) 46 (3): 523–536. doi:10.1093/sysbio/46.3.523. ISSN 1076-836X. 
  6. ^ 木村亮介・和智仲是・狩俣繁久「集団遺伝学的手法による 琉球諸語の解析」シンポジウム「日琉諸方言系統論の展望」 2020年12月19-20日
  7. ^ Rogers, Jeffrey; Gibbs, Richard A. (2014-05-01). “Comparative primate genomics: emerging patterns of genome content and dynamics” (英語). Nature Reviews Genetics 15 (5): 347–359. doi:10.1038/nrg3707. PMC 4113315. PMID 24709753. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4113315/. 
  8. ^ Shen, Xing-Xing; Hittinger, Chris Todd; Rokas, Antonis (2017). “Contentious relationships in phylogenomic studies can be driven by a handful of genes” (英語). Nature Ecology & Evolution 1 (5): 126. doi:10.1038/s41559-017-0126. ISSN 2397-334X. PMC 5560076. PMID 28812701. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5560076/. 
  9. ^ 崎谷満(2009)『新日本人の起源』勉誠出版
  10. ^ 崎谷満(2009)『DNA・考古・言語の学際研究が示す 新・日本列島史』勉誠出版
  11. ^ Jacques, Guillaume; List, Johann-Mattis (2019). “Why we need tree models in linguistic reconstruction (and when we should apply them)”. Journal of Historical Linguistics 9 (1): 128–167. doi:10.1075/jhl.17008.mat. ISSN 2210-2116. 
  12. ^ Kalyan, Siva; François, Alexandre (2019). “When the waves meet the trees”. Journal of Historical Linguistics 9 (1): 168–177. doi:10.1075/jhl.18019.kal. ISSN 2210-2116.