下倉村
日本の岡山県吉備郡にあった村
下倉村(したぐらむら[1])は、岡山県吉備郡にあった村。現在の総社市の一部にあたる。
したぐらむら 下倉村 | |
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廃止日 | 1952年4月1日 |
廃止理由 |
新設合併 日美村、富山村、下倉村、水内村 → 昭和町 |
現在の自治体 | 総社市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中国地方(山陽地方) |
都道府県 | 岡山県 |
郡 | 吉備郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
1,712人 (国勢調査、1950年) |
隣接自治体 | 水内村、日美村、秦村、久代村、山田村、小田郡美川村・宇戸村 |
下倉村役場 | |
所在地 | 岡山県吉備郡下倉村字下村 |
ウィキプロジェクト |
地理
編集- 山岳:高滝山[2]
歴史
編集- 江戸時代、毛利氏の支配を経て幕府領となる[2]。元和3年(1617年)松山藩領を経て、藩名の改称に伴い明治2年(1869年)高梁藩領となる[2]。
- 1889年(明治22年)6月1日、町村制の施行により、下道郡下倉村が単独で村制施行し、下倉村が発足[1][2]。大字は編成せず[2]。
- 1893年(明治26年)洪水により大きな被害を受けた[2]。
- 1900年(明治33年)4月1日、郡の統合により吉備郡に所属[1][2]。
- 1948年(昭和23年)4月1日、吉備郡秦村大字福谷の一部を編入[1][2]。
- 1952年(昭和27年)4月1日、吉備郡日美村、富山村、水内村と合併し、町制施行し昭和町を新設して廃止された[1][2]。合併後、昭和町大字下倉となる[2]。
地名の由来
編集松山藩の下倉と称する倉庫があったため[2]。
産業
編集教育
編集脚注
編集参考文献
編集- 角川日本地名大辞典 33 岡山県
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。